この問いは、近年急に流行り出した、いわゆるシルバーデモクラシー論とこれに付随する選挙制度等の改革提案の是非を問うものです。結論を先に述べると、①適切でない因果関係を前提としており、②政策過程に過度に歪んだ影響を及ぼす制度変更を提起するものであり、そもそも③世代格差是正を目的とする制度改革を政治家ができるなら政策の歪みをただす直接的な政策変更ができるはず、という点において、現在の日本の「論壇」で論じられているこれらの議論は大した価値のない空論と言えます。以下、この順に簡単に論じておきます。

①人口ピラミッドは政策の要因か

 この議論は、政治家が有権者の人口ピラミッドを見てそのボリュームゾーンに沿った政策を選択し、沿わない政策を選択したがらない性質があることを想定しています。もちろん、一般的に言って政治家は誰かの損になる政策を導入したがらないところはあるでしょう。しかし、選挙での再選を目指す政治家が票獲得のために参照するのは、人口ピラミッドではなく票そのもの、つまり具体的な選挙民であり支持者です。

 このように述べるとその違いがわからないかもしれませんから、単純な事実を挙げましょう。1970年の国勢調査によれば、20歳代の人口は約2000万人で成人人口の3割を占めており、30歳代と合わせると有権者人口の過半となっていました。

 ではこの当時、人口ピラミッドのボリュームゾーンであった若年層向けに、政治はどれほどのことをしたでしょうか? 政治家が人口ピラミッドを見て政策判断をしているなら、たとえば保育施設や学童などの制度が拡充し、若年家族向けの住宅政策が充実するなどしていたでしょう。しかし、当時から議論されていた都市部の夫婦共働きとこれに付随する各種政策課題について、国は積極的に動いたわけではありません。実際、待機児童問題が大きく叫ばれて政治問題となったのは、高齢化率が高まった21世紀に入ってからです。

②票を歪ませる制度変更は適切か

 政治家が人口ピラミッドを見て動くわけではないとすれば、若者の票数を倍加するような仕組みを導入したところで、政治家の動きは大きく変わらないかもしれません。そして、もし仮に変わるとしても、それが良い効果をもたらすとは限りません。

 だいたいのところ、政治課題の多くは世代格差にあまり関係ありません。たとえば産業や職業間、所得や資産の格差など、政治が対応すべき格差は無数にあります。それなのに、若年層の票を加増して票の配分をゆがめたら、他の格差が著しく拡大するなど不整合が容易に起こるでしょう。

 こうした制度改革を主張する人は大勢いますが、こうした不具合を想起していない時点で、それらの人々は政治の実際について大して考えたことのない無識者か、奇抜なことを言って「論壇」で名を上げようという山師の類だと回答者は考えております。

③制度を弄る前に政策を変えればよい

 現代日本のシルバーデモクラシー論は、結局のところ90年代以降の「改革」の時代の政治論の派生形のようなものだと思います。制度を変えれば政治は良くなるといったことを平然と主張する人はいまだに後を絶ちません。丁寧に考えていけば、制度が政治家等の行動、政治のあり方をある程度変えられることは確かだと思いますが、実際のところだいたいは大雑把な、結論ありきの議論が大半でしょう。

 若者の票を加増する制度を導入すればどうなるか、という議論は、思考実験としては面白いもので、議論する価値はあると思います。しかし、実際の政治過程に落として考えてみたらどうでしょうか。「若者や将来世代のための政策を推進するため」という狙いで政治家が一致して「改革」できるなら、その意見の一致をもって制度ではなく政策を直接変えればいいだけの話です。制度を変えて徐々に政界が変化することを願うよりも前に、高齢者偏重の政策を変えたほうが、よっぽど今の若者の利益となるでしょう。

 こういう「面白い」提案が実現されないのは、それなりの理由と背景があるものです。政治においては特に「これをすれば簡単に解決できる」みたいな主張はだいたい眉唾物だと思っておいたほうがよいでしょうね。

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2023/07/02追記

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