農作業に従事していた役牛、役馬や輸送に従事していた役馬が死んだ際に食べることは認められていましたし、野生鳥獣を捕獲して食べることも認められていました(近藤・戸石・松本、2022)。

 明治維新以前の肉食についての問いは、厳密に禁止されていたか否か、ではなく、なぜ、肉食のための畜産が育たなかったのか、と立てられるべきなのだろうと思います。一つは、広く知られているように、厳密に守られいたわけではないとはいえ、肉食を禁忌視する規範が古代から存在していたことでしょう。役牛が死んだらその肉をいただくのはともかく、食べるために育てるのはよくない、という考え方はありそうです。

 ただ、私は、もう一つの要因として、米食への執着も挙げられると考えています。明治以降には、窒素肥料やリン酸肥料として、大豆粕やグアノ、化学肥料が大量に使われるようになります。しかし、明治維新以前においては、干鰯(鰯の乾物)や鰊粕が使われていました。肥料にするために鰯漁が行われ、鰊についても、鰊粕を取ることを目的とした、すなわち、肥料に使うことだけを目的とした鰊漁も行われていました。高蛋白の鰯や鰊を肥料として使って米という炭水化物を作ることを変だと思わず、かつ、そのような栽培で収益が上がるほどに鰯や鰊に対する米の相対価格が高かったということです。

 高蛋白食を有り難がる現在の我々からすると信じられないことで、肥料にする代わりに鰯や鰊を自分たちで食べていれば、近世日本人は相当に筋骨たくましい高身長になっていたのではないかと思います。ですから、直接の回答としては、肉食解禁と言わず、そもそも鰯や鰊を肥料なんかにせずに食べていれば、もっとマッチョな日本人の社会になっていただろう、ということになります。が、ともかくも、事実として、近世日本人は鰯や鰊よりも米を有り難がっていたのです。しかも、米も、玄米ではなく、わざわざ白米にして食べることを有り難がっていたことから、江戸に出て、ビタミンを削ぎ落とした白米ばかり食べて脚気になる人が多かったこともよく知られていますね。

 禁忌視されていない鰯や鰊についてさえ、高蛋白であるにも関わらず、食するのではなく炭水化物を生産するための肥料に使っていたわけです。であるとすれば、高蛋白食である肉食の禁忌を破ろうという欲求もそもそも希薄だったのではないでしょうか。

 アミノ酸を美味しいと思う味覚はもちろんあって、だからこそ近世期に醤油醸造が広がったわけですが、何らかの理由で、肉や魚の蛋白質が分解されてできるアミノ酸を味わう方向に行かなかったのですね。これがなぜかは私の知識推論を超えているので、宿題とさせて下さい。

 ちなみにですが、科学技術振興機構(旧科学技術庁)が運用するJ-STAGEという論文データベースがあります(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja)。この回答を書く際にも使いました。

 Google Scholarですと、引っかかる文献が英語に偏っている上に玉石混合で意外と使い勝手が悪いのですが、J-STAGEは日本語の査読付き論文を膨大に収録している上に、大部分が無料です。理工系の論文も何から何まで英語で書かれているわけではなく、たとえば、「近世大坂で下水道を敷設するために使われた微高地から微低地への水流を調べる」ような(阿部・篠原、2012)、英語にしたところで外国人に理解できなさそうな研究は日本語論文として発表されています。ゴツい日本語環境で高度な技術開発に挑む『エヴァンゲリオン』テレビ放映版の世界観は三菱重工のそれを借用したものだと思われますが、そういう新しい技術をゴツい世界観で語る論文も数多く収録されています。たとえば、三菱重工の技術者自らが液体燃料ロケットエンジンについて語ってくれている論文すらありますし(前村・渥美、2007)、「三菱重工」を著者とする新技術の紹介論文もたくさんあります。第三新東京市には、微妙にアルゴリズムを変えたコンピュータ3台の多数決で政策を決定するシステムが実装されていますが、同じ仕組みは、三重系フォールト・トレランス・システムとして、40年前から新幹線や民鉄に実装されています(榎本・佐々木、1987)。F-2戦闘機開発における炭素繊維素材実用化の過程を調べた論文もあります(阿部・長内、2014)。

 そのように、日本の「なぜ」を追いかけるのにとても便利です。大部分が査読付き雑誌に掲載された信頼性の高い論文であることも魅力で、頑健な学問的裏付けのあるクイズ集を作る役に立つかもしれません。新聞記者の方は、ちょっと専門家の意見を聞きたいときに知っている学者に電話をかけて意見を求めますが、J-STAGEで一発調べる方が精度の高い情報が得られるのではないかと思います。

 質問者様もぜひ試してみて下さい。サイトトップの「J-STAGE上の記事を検索する」に適当に検索語を入れてエンターを押せば、山のように学術論文を提案してくれます。

参考文献

阿部貴弘・篠原修(2012)「近世城下町大坂の上町地区における城下町設計の論理」『土木学会論文集D2(土木史)』、68(1)、1-10。

https://doi.org/10.2208/jscejhsce.68.1

阿部靖史・長内厚(2014)「イノベーションの促進要件としての「制約」―日本のF-2 戦闘機における炭素繊維機体開発事例―」『組織学会大会論文集』、3(1)、99-105。

https://doi.org/10.11207/taaos.3.1_99

榎本龍幸・佐々木敏明「電気鉄道におけるフォールトトレランス技術」『電氣學会雜誌』、107(4)、278-284。

https://doi.org/10.11526/ieejjournal1888.107.4_278

近藤諒一郎・戸石七生・松本 武祝(2022)「近世日本における牛肉食-屠殺・解体技術に着目して-」『フードシステム研究』、28(4)、322-327。

https://doi.org/10.5874/jfsr.21_00025、

前村孝志・渥美正博(2007)「日本の液体ロケットエンジン開発」『高温学会誌』、33(5)、229-236。

https://doi.org/10.7791/jhts.33.229

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