社会主義国の特徴の一つが,国策的金融機関による緩い予算制約(soft budget)です。国策としてある産業,企業を支援しようとなったら,国有銀行,国策銀行が信用を供与します。うまくいかなかった場合には,それらの金融機関,引いては国民が責任を負います。リスクを親方五星紅旗(つまりは国民)が引き受けることによって果敢に投資することができます。

 日本は資本主義国なので,基本的にはそういう企業はあまり存在しないわけですが,例外が軍需です。大型の随意契約は社会主義国の緩い予算制約に似ていると言って良いでしょう。軍事費の多かった戦前はなおさらです。その親方日の丸の仕組みの中で急激に育ったメガ新興企業の一つが三菱重工でした。「満州国」の国策として保護された日産も当時のメガ新興企業の一つです。その頃の日本は,軍事費をどんどん増やして空母をばんばん造っていたという,ちょうど,今の中国のような発展段階にあったのだと思います。

 では,どちらの方が優れているのでしょうか。一つ,有力な分析視角は,先進国にキャッチアップするための投資なのか,それとも,独自の研究開発のための投資なのか,です。アメリカなど,目指すべき目標が官民にはっきり分かっているキャッチアップ型の投資の場合,失敗の余地が小さいので,国策としての投資が成功する確率も高そうです。しかし,独自の研究開発のための投資を国が指図すべきではありません。行政官はもとより,開発の現場にいる研究者,技術者すら,どれが勝ち筋かは投資時点では分からない。それが,先進国における独自技術開発のための研究開発投資です。たとえば,電気自動車技術への投資について,国がトヨタの箸の上げ下ろしまで指図して,その代わりにトヨタの社債に債務保証を与えて巨額投資を促す,というような仕組みを作るべきはないのです。トヨタ連合と本田・日産連合のどちらが勝つのか,どちらも生き残るのか,どちらも潰えるのか,やってみなければ分かりません。

 それに対して,日本が遅れていて,目指すべき目標がはっきりしている産業であれば,国策として応援するのもありだと思います。たとえば,三菱重工が撤退した旅客機開発に,国策として再挑戦するのであるならば,戦闘機開発と同様,国が腹を括って三菱重工を始めとする参加企業を徹底的に支援する(つまり,失敗した場合の損失は国民が引き受ける)べきだと思います。旅客機製造において,日本は後進国の一つに過ぎません。言い換えると,目標は「ボーイング」か「エアバス」か「ボンバルディア」のどれか,とはっきりしていて,中華人民共和国や大日本帝国が採用している/いた,国策として特定産業を支援する途上国モデルにぴったりです。旅客機産業に参入するならば初期の損失は国が引き受けてでも徹底的に支援すべきと,松浦晋也さんが昔から主張されていますが,私も賛成です。

参考文献

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00562/041000040/?n_cid=nbpnb_mled_mre

旅客機を造れない日本がロケットは造れるわけ

経済産業省が2035年以降に次世代国産旅客機の事業化を官民連携で目指すとした。こういうニュースが流れると、私のところに質問が飛んでくることがある。「なんで日本は旅客機を造れないんですか。ロケットは飛ばせるのに何が違うんでしょうか」

business.nikkei.com

 

2024/04/13投稿
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