昔から多くの人が、世論調査結果が個人の予想や「皮膚感覚」とズレることについて疑問を抱いてきました。誰かの周囲の人々と国全体の世論とは違う、調査結果こそ国全体の縮図を示しているのだというのが、やはり昔からある標準的な回答でしょうか。
もっともこの回答は、世論調査を過信したものと言えます。現代の世論調査の特性を理解すれば、世論調査結果はもっと慎重に解釈すべきもののはずですから。以下、論じておきましょう。
政治ではなく数値化の問題
さてこの質問は政治をテーマとしていますが、「何をどう測るのか」という一般的なデータに関する問題として考えたほうがよいものです。つまり、ある個人が予想する、もしくはそうあるべきとする全体の傾向と、データが示す全体の傾向のズレについて、その理由を問うものと捉えられます。
そのうえで今回の問題は次のように図にまとめることができます。自身がそうあるべきと想定する若者の自民党支持率に対して、報道されている若者の自民党支持率が高すぎるのでは?というのが今回の質問が示した疑問です(上図)。
しかし、この報道されている若者の自民党支持率は、世論調査という手法により数値化されたものです。もしこの数値化の歪みが大きいなら、世論調査結果が質問者個人の感覚を否定する材料とはならないことになります(下図)。もちろんこれは、質問者個人の感覚を肯定するものにもなりませんが、世論調査との付き合う際には大事な視点となります。
高くない若者の自民党投票割合
世論調査の数値が実際の数値とどれほどズレているのか知ることは、通常はできません。世論調査は、全員に質問して回るのが困難なので一部の人々に質問することで、全体の傾向を推し量るものです。つまり、実際の全体の傾向がわからないのですから、世論調査結果がそこからどれくらいズレているのかもわからないのです。
しかし、例外的に全体の傾向がわかる場合があり、たとえば国勢調査の結果がそうですし、選挙結果もそうです。したがって、選挙結果から世論調査結果等とのズレの程度を確認することが可能になります。
2022年参院選の結果から、若年層の自民党支持率がどの程度なのかを考えてみましょう。若年層は、ひとまず20歳代と30歳代としておきます。両年齢層の投票率は34.0%、44.8%と推計されています(総務省による一部投票区を抽出して集計した値)。
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/
一方、両年代が参院選比例区で自民党に投票した割合は、NNN出口調査では35%と36%、NHKでは37%(10代と20代の合算)、40%と報じられています。「選挙のたびに自民党の若い世代の支持率が高い」という質問者の印象も、この国政選挙時に行われている出口調査から来ていると思います。
https://www.ntv.co.jp/election2022/exitpoll/index.html
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/87070.html
なお、出口調査自体、実際の投票割合からズレており、各社間で異なる値が報告されてもいます。実際の自民党の得票率は全国で34.4%でしたが、NHKの出口調査結果ではどの年齢層でもこれを上回る数値が報告されています。これより低めのNNNでも同様です。これは、世論調査同様に出口調査も自民党への投票が過大に報告されるバイアスがあるためですが、大きなズレではないのでひとまずこの出口調査の値を利用することにします。
この各年齢層別投票率に出口調査での自民党への投票割合を乗じた値が、各年齢層で実際に自民党に投票している人の割合となります。その値は、20歳代、30歳代の順にNNNでだいたい12%と16%、NHKで13%と18%となります。出口調査の自民党バイアスを考慮すれば11%、15%くらいで考えたほうがよいかもしれません。
メディアが広める「若者の自民党支持率は高い」神話
20代、30代で自民党に投票した人が9人に1人や7人に1人であるなら、若年層の間で自民党の支持率が高いとは言えないように思います。少なくとも、「若者の自民党支持率はこんなにも高い」という表現には繋がらないでしょう。
しかし、今回の質問のように、世論調査結果などに触れた多くの人は、若者の自民党支持率は高いと思わされています。これはなぜでしょうか?
そのひとつの答えは、マス・メディア各社のデータに対する浅慮や無理解です。マス・メディア各社は、出口調査の、つまり投票に行った人だけの調査結果の数字を、まるで有権者全体、若者全体の傾向であるかのように積極的に報じています。これが、「若者の自民党支持率は高い」という誤解を生んでいるのです。そもそも報道する側も、出口調査が投票者のみの調査であると認識していないために、間違った分析結果を報じているのではないかと思います。
世論調査と選挙で異なる傾向
以上は出口調査に基づく議論でしたが、マス・メディアの、この自ら行っている調査に対する無理解と、これに基づく誤った分析、データ解釈は、普段報じられている世論調査でも同様です。
世論調査結果を元にした報道でも、出口調査と同様に若年層の自民党支持率が高いと報道されることは多いです。この際、年齢層別の政党支持率の数字が「証拠」として用いられています。ただ、この数字自体、先に見た自民党への投票割合から見てかなり大きな値となっています。
この自民党支持率(あるいは内閣支持率)と自民党の得票率のギャップについては、過去に何度も指摘し論じてきたことですので、ここで詳細は繰り返しません。下記の文献などをご参照いただければと思います。
『データ分析読解の技術』中公新書ラクレ(amazonへのリンク)
「政治調査報道はデータ・ジャーナリズムとなりうるか――世論調査、情勢調査、出口調査の問題点を整理する」『統計』73(11)、日本統計協会(同協会オンラインストアへのリンク)
世論調査での自民党支持と選挙での自民党への投票このギャップは、①調査対象者に自民党支持層が含まれる傾向が強い、②調査対象者の中には本当のことを言わない回答者がおり、それが非自民党支持者に偏っている(自民党支持とうそをつく非自民維持者がいる)、③政党への支持は投票を意味するわけではない、という3点で主に説明できます。
社会で共有されない「支持」の意味
このうち③については、特に年齢により傾向が大きく異なるのではと考えられます。より高齢で、政治についてより詳しくなった人々は、政党への支持は選挙に行って投票することと結びつく概念であることを理解していることが多いはずです。したがって世論調査で「支持」を聞かれれば投票する可能性の高い政党を答える傾向が強いでしょう。
一方、政治に興味のない、投票にも行かない人々にとっては、政党や内閣ヘの「支持」を聞かれても、それを投票とは結び付けないことが多いでしょう。たとえば「政治についてよくわからないのでとりあえず否定しない」ような態度が、政権党や内閣への「支持」という回答に含まれているのではと考えられます。
そして、若年層ほど政治への関心が低いので、結果として若年層ほど投票を伴わない自民党や内閣への支持が高くなると考えられます。実際、先のブログ記事では自民党や内閣への支持と投票とのギャップが大きくなる傾向が示されています。これは岸田内閣ではなく「若者が支持している」とされた第2次安倍政権での傾向です。
こうして、「支持」の意味するところが世論調査対象者、すなわち社会全体で共有されていないのだとすれば、「支持率」に対するわれわれの理解も改めなければならないでしょう。
少なくとも、世論調査を行い、これを報道するマス・メディアの従業員は、これを有権者や若者全体の傾向であるとか、今後の選挙を占うとか、大きなことは言わないほうが得策でしょう。具体的な行動(その政党への投票)や長期的な意識(旧来的な政党支持概念)と結びつくわけではない、その場その場の状況に応じた反応の結果生み出されるのが「支持率」なのだとすれば、それは報道価値がないもののように見えます。
結局、自分が思っているほど、自身は世論を把握できていないし、世論調査でもそれはわからない可能性もあると、まずは肝に銘じるべきです。これはメディア関係者に限らず、研究者でも、これをご覧のみなさんでも、同じことです。