量子力学における「測定」の分かりにくさは、「量子力学で直接導かれる確立した物理の問題」「量子力学などから原理的には導かれうるが、まだ完全には解決していない物理の問題」「物理としての量子力学の四限能力には一切影響を与えない解釈の問題(量子力学の哲学など)」とがやや曖昧で区別しづらいことが、分かりにくさの原因にあると思います。そのため、まず基本的な量子力学における測定の位置づけを確認したうえで、確立した物理の問題、(物理の問題ではない)解釈の問題、物理で扱いうる未解決の問題、を順に見ていきたいと思います。

0:量子力学における測定

ベーシックな量子力学で習う測定は射影測定です。ある量子状態に対し、ある物理量の射影測定を行うと、ボルンの規則に基づいて測定した物理量固有値の一つが測定値として得られ、測定後の状態はその固有状態になります(射影公理)。「ボルンの規則」と「射影公理」は量子力学の公理です(例えば清水明『量子論の基礎』を見てください)。

射影公理の重要な性質は、測定前の状態の干渉項(量子重ね合わせの項)を取り除く効果です。これがあるために、測定値を捨てたとしても、射影測定前後では量子状態は一般には一致しません。

射影測定とは「ボルンの規則に従って確率的に測定値が出現し、測定後の状態が射影公理で与えられるような操作」のことです。どうすれば射影測定ができるのか、どういう物理過程が射影測定なのか、といった問題は量子力学の枠組ではひとまず不問に付されています。量子力学の要請(公理)は「我々は上記条件を満たす射影測定を行うことができる(我々が現実的に実行可能な量子操作の中に、射影測定あるいはそれに帰着できる測定が含まれている)」という観察事実です。

 

1:量子力学の範疇に含まれる、確立した物理の問題

スピン上向き|0>と下向き|1>が確率1/2ずつで重ね合わさっている|+>=1/√2(|0>+|1>)状態に対し、スピンの上下を測定器で測定する状況を考えてみましょう。この測定器は上向きならAと、下向きならBと出力します。測定器が純粋状態で「スピン+測定器」全体が孤立した量子系として時間発展をしているのならば、この過程は

12(0+1)<mtext>測定器の測定前の状態</mtext>12(0A<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>+1B<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>)\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{0}+\ket{1})\otimes\ket{測定器の測定前の状態}\to \frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{0}\otimes \ket{Aを出力した測定器の状態}+\ket{1}\otimes\ket{Bを出力した測定器の状態})

となります。

「これは多世界解釈だ」と思った人もいるかも知れませんが、違います。これは量子力学の一分野である量子測定理論によって予言される事柄であり、実際このような測定器の重ね合わせが生じていると解釈しないと正しく説明できない実験が存在します。そのため、測定をすると測定器が量子的重ね合わせになるというのは、量子力学による予言であり、実験で検証可能です。測定器の重ね合わせが生じないという理論は、量子力学と異なる物理理論であり、量子力学が正しいとする限り、その理論を支持することは出来ません。

さて、量子力学は、スピンにくっついていて測定をする存在が、測定器なのか他のもっと大きな存在、例えば人間、なのかを区別しません。また、この測定過程は連鎖させることが出来ます。なので、例えば物理学者Xさんがこの実験をしていたとすると、この測定過程は

12(0+1)<mtext>測定器の測定前の状態</mtext><mtext>測定前の</mtext>X<mtext>さん</mtext>12(0A<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>A<mtext>を見た</mtext>X<mtext>さん</mtext>+1B<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>B<mtext>を見た</mtext>X<mtext>さん</mtext>)\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{0}+\ket{1})\otimes\ket{測定器の測定前の状態}\otimes\ket{測定前のXさん}\to \frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{0}\otimes \ket{Aを出力した測定器の状態}\otimes \ket{Aを見たXさん}+\ket{1}\otimes\ket{Bを出力した測定器の状態}\otimes\ket{Bを見たXさん})

となります。

これは先程述べたのと同様に、量子力学によって予言されることであり、Xさんの重ね合わせが生じないという理論は、量子力学と異なる物理理論であり、原理的には実験によって量子力学と区別可能です。

 

2:物理の問題ではない、量子力学の解釈の問題

ここまではすべて量子力学の範囲内だとすると、何が問題として残されているのか、と思う人もいるでしょう。量子力学は実験と合致しており、その枠組に疑う余地はありません。

しかし、「Xさんがあなただったらどうなのか(気持ち悪くないですか)」というのが、解釈問題あるいは量子力学の哲学の出発点です。「別に不思議とも気持ち悪いとも思わない。私もまた量子力学的存在であり、重ね合わせ状態になるのだろう」と考える人は、特に解釈問題に悩む必要はないです。一方、「私」をそうした量子的な実験対象とは異なるものとして理解したい、「「私」から見た世界の見え方」を閉じた形で記述したい、と思う人たちは、量子力学と整合する形でさまざまな「腑に落ちる」説明の仕方を考えてきました。それが多様な「解釈」と呼ばれるものです。

いろいろな解釈の中身は、調べれば多々見つかると思うので細かくはここでは説明しません。ただし、これらの解釈が前提とする立場が、1で述べた設定とは少し異なることには注意を促しておきたいです。1では、世界のすべてが量子力学で支配されていました。これに対し、解釈問題を論じる際には「私=操作や観察を行う存在」と「それ以外=操作や測定を受ける存在」とが区別されており、「私」は「私以外の世界」から区別される特権的な立場にいる、という枠組に多くの場合は立っています(この点で多世界解釈はやや例外的です)。「私」は私以外の世界に対して一方的に量子的な操作したり測定をしたりする一方で、「私」は量子的操作や測定を受けることはないという、外部の存在です。物理的な記述としては、可能な操作や測定のクラスに一定の(しかしプラクティカルにはとても妥当な)制限を加えている、とも見れます(ちなみに「操作する私」のクラスの側に、私以外のさまざまなマクロな存在を追加することも出来るでしょう。実験するXさんや、ある程度マクロな測定器は、こちらのクラスに入れても現実的にはよいと思われます)。

この制限を受けた物理の枠組においては、多様な解釈はすべて等価な量子力学の公理を与えることが示されています。というよりも、現状の解釈問題の議論では、量子力学と整合することが示せる解釈だけが妥当な解釈だとされています。そのため、どの解釈を採用しても、物理としては同一であり、実験的には検証できません。こういうのをしばしば物理学者は「趣味の問題」だといいます。

ただしこの「趣味の問題」というのは、実験による反証や数学的な反例構成はなされないという意味であって、どれも一切優劣がつけれない、ということではありません。まず、どちらの記述がより便利で直感的に理解しやすいか、には実用上の優劣がありえます。第二量子化した記述と第二量子化前の記述は理論的には等価でどちらを用いても同じ結論が得られますが、多くの問題では第二量子化したほうが圧倒的に考えやすく、そのため物理学者は第二量子化した記述を用います。次に、他の物理理論との整合性も論点となります。例えば、量子力学の解釈の中には、非局所的な解釈や因果律を破る解釈などがありますが、その他の物理理論で基礎にある考え方と陽に抵触する解釈を積極的には取らない場合が多いです。ただしその一方、ここでの書き方からも分かるように、解釈の比較はあくまでも「こちらの方が合理的ですよね」というような説得の論法であり、唯一絶対の解釈にはなりません

3:物理の問題として取り扱いうる、測定に関わる完全には解決してない問題

さて、ここまで測定を行う測定器も観察者もすべて純粋状態であり、測定でこれらは重ね合わせ状態になる、と説明してきました。原理的にはそうなってよいが、現実的な実験室などの設定では、測定器や観察者は外部環境と相互作用する状況にあり、その影響でほとんどの場合は早々にデコヒーレンスが生じ、マクロな測定器や観察者は重ね合わせ状態ではなく(量子干渉がない)古典混合になります。そして古典混合になってしまうことは、射影公理の要求(干渉項の除去)と同じことであり、量子力学の解釈で求めていたような状況と同じものが実現しています。

多世界解釈については「測定器のどの状態が基底として選ばれるかが恣意的」という批判があります。つまり

A<mtext>を出力した測定器の状態</mtext><mtext>と</mtext>B<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>\ket{Aを出力した測定器の状態}と\ket{Bを出力した測定器の状態}

という基底ではなく

Ψ+=12(A<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>+B<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>)<mtext>と</mtext>Ψ=12(A<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>+B<mtext>を出力した測定器の状態</mtext>)\ket{\Psi_+}=\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{Aを出力した測定器の状態}+\ket{Bを出力した測定器の状態})と\ket{\Psi_-}=\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{Aを出力した測定器の状態}+\ket{Bを出力した測定器の状態})

という基底を選んでも、線形代数の観点からは等価であり、前者を選ぶ理由がない、という批判です。これに対し、デコヒーレンスを考慮すると、前者を選ぶ一つの理由が与えられます。外部環境と相互作用する系では、マクロな重ね合わせ状態(シュレディンガーの猫)は不安定で速やかに崩壊する一方、空間的に局所的な状態の直積状態やそれに近い状態は比較的安定して存在可能です。この理由としては、環境から受けるノイズは空間的に局所的な形である、という点が一つ挙げられるでしょう。測定器のマクロな重ね合わせ状態はデコヒーレンスする、というのは観察事実としては正しいものであり、量子測定の過程で実際に起きているのはこういった現象です。

ただし、これを量子力学だけから厳密に導出できているかというと、それはまだ出来ていません。まず、非常に例外的な外部環境の状態が用意できてしまえば、反例も作り得ます。これは、第に法則に反するような非常に例外的な初期状態も存在はする(ただしそんなものは用意できないが)、というのと似た話です。そのため第二法則の導出では、初期状態の取り方に自然な設定をしたり「確率1で」のような条件を付したりします。マクロな(測定器の)状態がなぜどの状態にデコヒーレンスするのか、どの状態が安定な状態として選ばれるのか、についても、理論上の試みはありますが、外部環境を含む世界全体が孤立した量子系として時間発展している描像に立つ場合には、そもそもどのように定式化すればよいのかさえコンセンサスが得られておらず、現状では完全には解決していない問題です(そのため、観察事実としては正しくとも証明がないため、デコヒーレンス理論は量子力学の解釈の一つとしては通常認められていません)。しかし、マクロな測定器は外部環境との相互作用でどのようにデコヒーレンスし、マクロに安定な状態がどのように選ばれるのか、という問題は、物理の問題として定式化して解くことが可能な、有意義な問題設定の一つであろうと思います。

7か月

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