少子化問題が他の(環境・福祉などの)社会・政治問題と大きく異なるのは、大半の社会問題は「政府が制度を導入して正しく実施させること」でおおよそ達成されるのに対し、少子化問題は「国民自身が行動を変化させること」がもっぱら必要で、政府はせいぜいそのお膳立てしか出来ないという点です。

福祉政策や再分配などは、政府が何か適切な政策を導入することがゴールです。環境問題でも、例えばごみのポイ捨てを厳しく禁止することでポイ捨ての抑制は可能です。極端な話、家の中含めたあらゆるところに監視カメラがある完璧な監視国家であれば、ポイ捨てを厳格に発見してそれを罰することができます。一般に「〇〇するな」という禁止命令は、監視国家なら強制することで実現可能です。

これに対し、少子化問題は「子供を産め」という「〇〇しろ」というタイプの行動が必要なので、国民の内発的な行動が必要であり、完璧な監視国家でさえ解決は必ずしもできません。独裁国家でさえ「強制的に国民の子供を産ませる」などという政策はまともに実行できないわけで、まして個人の人権を守る必要がある普通の国家にとっては、この手の問題は著しく解決が難しい問題です。国民自身の意識や行動が変わる必要があり、政府はせいぜいお膳立てしか出来ない問題である以上、政府の取りうる「小手先でない対策」はそもそもほぼ存在しないです。

ちなみに、少子化の構造は多くの人がナイーブに想像するものとはだいぶ違います。「小手先でない政策」として抜本的な育児支援政策を考えていたのかもしれませんが、それは(他の方も書いているように)社会福祉としては妥当な支援だと思いますが、少子化対策として抜本的になるかは怪しいです。なぜなら、人口学における分析によると、日本の少子化の原因はもっぱら「結婚しないこと」であり、「既婚夫婦が子供を産まないこと」を重く見る人でもその要因は3割程度(軽く見る人だと「夫婦が子供を産まないこと」は全く要因になっていないという立場の人さえいる)とされているからです(河野稠果『人口学への招待』p164)。実際、有配偶出生率はかなり長い間2前後の値をとっており、低下しているのはもっぱら有配偶率でした。もちろん、育児支援は有配偶出生率が低下してしまうのを防ぐ効果は期待できますが、これは要するに「さらなる少子化の進展を防ぐもの」であり「出生率を回復させるもの」としてどれだけ効果があるかはなかなか難しいです。そして「未婚者を強制的に結婚させる政策」などとりようがないです(せいぜい婚活支援とか若者の経済状況支援とかですが、これらはすべて間接的な方策にとどまります)。

会計検査院の子育て支援策の効果を調べた調査https://dl.ndl.go.jp/pid/1165209/1/1によると、少子化対策として打たれる政策(あるいは並行して打たれる政策)の効果は、実際調べるとかなり難しいものが多いです。

例えば、所得が増えても少子化対策にならないという結果が得られています。これは、所得が増えると「子供一人当たりにかけようと思うお金」もまた増やしてしまい、これによって相殺されるからです。女性の給料が高くなると子供の人数は減ります。しかしまさか女性の給料を抑制する政策など打てるはずもありません。育児支援はすべて産むことに対するインセンティブの付与なので、すでに生まれている子供に対する潤沢な支援(手当の給付など)は、効果がないどころかむしろマイナスになります。これは、上の子供が(手当のおかげで)お金を費やす子育てを受けた場合、次に産む子供にも同等の潤沢な子育てを提供しなければと親が思う(=子育てコストが上昇する)からです。

「少子化への抜本的な政策」だとナイーブに思われるものは、実は全く抜本的な対策ではないことが多いです。少子化対策が小手先ばかりなのは、そもそも小手先ではない対策などほとんどないからです。

2024/01/05投稿
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