「小説(などの文章)を他の人に読んでもらい、感想を聞く」ということ全般について思うことをお話しします。もちろん、作家全般・文章を書く人全般に当てはまる話というよりは、ごくごく個人的な考えになります。

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自分が書いた文章を他の人に読んでもらうというのは、多少なりともどきどきするものです。それは間違いありません。ただそれを「緊張」と呼ぶかどうかは何ともいえません。どんな反応が返ってくるか心配な部分もありますが、わくわく期待する部分もあるからです。

私は何十年も書き物をしていますので、他の人に文章を見せることに対して抵抗は少ないと思います。少なくとも他の人に文章を読まれるのは嫌ではありません。ただそれは「慣れたために作業的になる」のではないと思っています。また作業的・機械的にはならないように心がけている部分もあります。

というのは、他の人に見てもらうという「いつもと違う状況」になることによって、文章の品質がグッと上がる側面があるからです。卑近な例を挙げますと「この文章をリリースしたら、他の人が読むことになるんだぞ」と考えることによって、必然的に「馬鹿な間違いやつまらない誤字脱字はないだろうか。念のためにもう一回通し読みしておくか」のような発想につながるということです。

これがもしも、書いた文章を右から左に流して「はい一丁上がり」みたいな作業になってしまったら、文章の品質をグッと上げる機会を失ってしまいますし、そもそもそのような機械的作業にしてしまうのはつまらないと感じます。文章書きの楽しいところをわざわざ味気なくしているようなものだからです。

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私はふだんから、《読者のことを考える》という文章を書く原則を大切にしています。ただし、あくまで読者のことを《考える》のが大事なのであって、すべての読者にほめてもらえることを目指しているわけではありません(ほめてもらうのはうれしいことですが)。

自分が書いた文章を他の人が読み、それに対して肯定的な思いを抱いてもらえるならうれしいことです。またそのような思いをわざわざ感想という形でフィードバックしてくれる(あるいはSNSなどに流してくれる)のもまたうれしいことです。しかしながら、肯定的な思いを抱いてもらうことばかりを目指してしまうと、「攻める表現」を試したり、「思い切った書き方」に挑戦したりするのが難しくなり、ジリ貧になる危険性があると思っていますので、思い違いをしないように心がけています。

肯定的な感想はうれしいですし、否定的な感想にはうーん……と感じることはありますけれど、「そもそも読んでもらえたこと」や「わざわざ感想を書いて(言って)くれたこと」自体には深く感謝をしています。世の中には楽しいことやためになることがたくさんあるにも関わらず、貴重な時間をわざわざ私が書いた文章のために割いてくれたというのはものすごいことだと思っています。感想の内容はさておいても、まずはそこに大きな意味があると私は思います。

それから、否定的な感想をもらったとき、私の感情としてはうーん……となってしまうことはありますが、割とすぐに気持ちが切り替わって「その感想に書かれていること」について検討する習慣になっているようです。というのは自分の感情が重要な情報を受け取るさまたげになることがあるからです。具体例を挙げると角がたつので詳しくは書けませんが「なるほど。そういうふうに読み、そういうふうに感じる読者さんもいるのか」というのは、執筆においてかなり重要な情報になります。それは現実的な読者像を知る助けになります。

その意味で書き手にとって(私にとって)「良い感想」とは何かというのは答えるのが難しい問いかもしれません。

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ところで私は、文章の書き手として、文章を他人に見せることのどきどき感や感想に対して抱くさまざまな思いを知っているわけです。ですから、立場が変わって、私自身が誰かの文章(や作品)に対する感想を述べるときには、その「思い」を忘れないようにしたいと思っています。

どういうことか。それはたとえば極端な例でいうと「自分が読みもしていない本に対して、公の場であれこれあて推量で否定的な感想を言うこと」などの行為はしないように心がけています。

また、否定的な感想を述べるときには表現やトーンに十分に配慮し、バランスよい感想を心がけています。たとえば9割ほどはおもしろく読んだけど1割くらい意に染まない部分があったときに、意に染まない部分をことさらに強調した「揚げ足取りの感想」や「鬼の首をとったような感想」は書かないように心がけています。良いと思った部分もきちんとバランスよく表現するという意味です。

もちろん自分が書く感想が公の場に出るのか、プライベートな場のみに出るのかでトーンは変わりますし、書いた当人から依頼を受けて感想を書く場合と、自分が勝手に感想を書く場合でもトーンは変わります。自分が他の作品に対して書く文章もまた、自分の心のありようを表現しているものであることを忘れないようにしています。

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