質問者のおっしゃる通り、英語は他の主要なヨーロッパ諸語の多くと比べると仮定法(接続法)の出番が少なく、存在感が薄いですね(以下「仮定法」の用語を用います)。
英語史の観点からその理由を一言でいえば、音韻変化とそれに続く形態変化の結果、動詞の仮定法の屈折語尾が直説法の屈折語尾とほぼ合一してしまったからです。仮定法が形式的に直説法に飲み込まれてしまったため、仮定法はそれに応じて機能的にも衰退することになりました。
現代の他のヨーロッパ諸語でも、古い時代と比較すれば、同じ理由で多かれ少なかれ仮定法は衰退してきているのですが、英語に関しては衰退の程度と速度が他よりも著しいために、存在感の薄さが際立っているということです。
実は古英語(紀元449--1100年くらい)の段階でも、直説法と仮定法の屈折語尾はさほど明確に区別されていたわけではありませんでした。具体的にいえば、現在形の系列では両者はある程度形態的に区別されていたものの、1人称単数ではすでに -e に合一していました。また、過去形の系列ではとりわけ合一への傾向が強く、直説法は -de, -don、仮定法は -de, -den と屈折語尾が似通っていました。
このように古英語期までにすでに仮定法の衰退の兆しがあったところに、語尾の弱化という音韻変化が追い打ちをかけます。古英語末期から中英語期(1100--1500年くらい)にかけて、語尾の母音はすべて曖昧化するか消失するかし、n や m のような鼻子音も消失しました。結果として、先に挙げた過去形の -de, -den, -den はすべて -d(e) に合一してしまい、仮定法と直説法の形式的な区別がつけられなくなりました。
形式的な区別が衰えると、それに伴って機能的な区別も自然と弱まっていきます。仮定法の機能はもはや動詞の屈折を用いて果たすことが難しくなり、代わりに may, might, shall, should などの助動詞を用いるという他の方法に訴えかけるようになりました。そうすると、ますます動詞の屈折に頼る機会が減り、いまだ直説法と仮定法の間に形式的な区別が何とか保たれていた箇所ですら、形態的な合一がみられるようになりました。仮定法の衰退のスパイラルです。こうして、中英語期の終わりまでには、おおよそ現代に近い段階に、つまり仮定法の存在感がきわめて薄い状況に達していました。
現在、仮定法が直説法と異なる屈折語尾を示すのは、一般動詞については仮定法現在3人称単数形においてのみです (e.g. I recommend that he GO (× goes) to see a doctor.) 。ただし、超高頻度の be 動詞については古英語以来の仮定法の屈折を比較的よく保っており、if need BE (× is) や if I WERE (△ was) you などに残っています(口語では if I was you もよく聞かれます)。これらの表現とて、現役の仮定法の用例というよりは化石的な定型句とみなすほうが妥当かもしれません。
関連する話題は、私の「hellog~英語史ブログ」よりこちらの記事と、そこからリンクを張った他の記事や放送でも取り上げていますので、そちらもご参照ください。