「創作に『怒り』はどれほど重要ですか?」というご質問は大きく二つの意味に取ることができます。一つは「創作をする側の人間が持つ怒り」についてで、もう一つは「創作の中に含まれている怒り」についてです。順番に書きたいと思います。

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まず「創作をする側の人間が持つ怒り」について。

といっても、創作をする側の人間、すなわち作者全般について述べることはできないので、あくまで私個人の考えを書きたいと思います。

私は創作をするときに「怒り」が必要になった経験は一度もありませんし、今後も必要になるとは思えません。私が怒らないというわけではありませんけれど、怒ることはどちらかというと何かを「破壊する」方向に進みがちなので、たんねんに「構築する」必要がある創作にはなじまないのではないかと想像します。

怒りは大きな感情であり、感情の高ぶりが創作意欲を高めたり創作の軸をなす部分があることは理解できます。しかしその二つが同時に成り立つかというと疑問です。

ただし「怒り」という感情そのものではなく、怒りを引き起こす原因となった「憤り」については創作のきっかけになることはありそうです。言い換えると「本来は○○になっているはずなのに、○○になっていない。これは本来の姿ではない。本来の姿は○○なのに!」という種類の気持ちがきっかけになって作品を作る可能性は十分に考えられます。

創作とはちょっと違いますが、私が若い頃に書いた技術書のいくつかは、店頭でぱらぱら読んだ本に対する憤りから生まれた部分があります。「この技術はもっとすごいのに、このような描き方では伝わらない!だったら私が書く!」という気持ちのことです。ある意味これは、若気の至りというか、根拠のない自信のようなものですけれど、この憤りのおかげで本を書くことができたケースがあるのは確かです。ただ、この「憤り」はご質問の内容とはメタな方向にややずれてしまったようです。

ということで一つ目の話としては「怒りは、少なくとも直接的には創作に必要じゃない」というのが私の考えです。

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次に「創作の中に含まれている怒り」について。

創作にはさまざまな感情が含まれるのは通常のことですから、その中に怒りが含まれていることは多々あると思います。私の作品はそれほど多くはありませんけれど、その中にも「怒り」は出てきます。ただ、そこでも生の形での「怒り」というよりは、先ほども書いたような「憤り」に近いかもしれません。

どのような感情であっても、読者の共感を呼ぶことがなかったらむなしいものです。ですから書き手は感情を生の形で描くことはなくて、何らかの形で「説得力」を持たせます。身も蓋もない書き方をするなら「ああ、この人物がこれこれこういう感情を抱くのはもっともだ。私もその気持ちがよくわかる」と思ってもらう必要があるのです。

そのためにはたとえば「怒り」を描くときに、登場人物が荒れ狂う様子を描くだけでは伝わらないことになります。その行動に至るための状況や、周りの環境などをたんねんに描くことになります。別の言い方をするならば、その作品世界の中に読者をきちんと誘い、引き込み、同じ世界の住人になってもらう必要があります。

というのが作品で感情を描く際の基本になると思いますが、ここまで一般化してしまうと、それは「怒り」に限った話ではなくなってしまいますね。その意味では「怒り」を特別視する理由は何もないということができるでしょう。

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私の想像するところでは、質問者が考えていたのは一つ目のパターンです。創作する上で、作者は「怒り」をどのくらい必要とするのかというニュアンスです。繰り返しになりますが、私の理解では「怒り」を生の形で必要とはしません。でもよく考えてみると、その意味ではいかなる感情も(すなわち怒りに限らず)生の形では作品に使うことができません。

作者にとって重要なのは、客観性です。自分が抱くさまざまな感情をそのまま保持しつつ、それと同時にその感情が出てきた原因や、それが引き起こす別の感情や行動などをつぶさに観察し、分析し、読者に伝えるための客観性です。

それは比喩的に表現するなら、自分の抱いた感情を分子レベルまでに分解し、作品の中で再構成し、文章として読者に届ける活動です。その活動は科学者の活動に類似している、と私は思います。

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「怒り」と「文章」に関連するかもしれない読み物にリンクします。

◆怒りについて/生きることを学ぶ旅|結城浩

https://mm.hyuki.net/n/n5bf535b72ab1

◆読書感想文のテンプレート(文章を書く心がけ)|結城浩

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