ご指摘の通り(少なくとも通常の文献の定義の意味では)質点のラグランジアンは汎関数ではなく関数と呼ぶのが正確だと思います。軌道$q(t)$は時間$t$の関数であり、ラグランジアンはA,B,Cの3変数関数$L(A,B,C)$に、$A=q(t)$、$B=\dot{q}(t)$、$C=t$を代入して時間の関数としたもの、つまり合成関数というべきです。$L(q(t),\dot{q}(t),t)$を時間積分した結果が作用ですので、作用は$q(t)$の汎関数です。一方、場の理論になると、ラグランジアンはラグランジアン密度の空間積分で与えられるという意味で場$\psi(x,t)$の汎関数ということもできると思います。

これは単なる言葉遣いの問題なので本質的な誤りではないと思いますが、私はこの教科書には以下の4つの(もう少し本質的な)誤りがあると考えています。

[1] p.109ラグランジュ括弧の定義について
p.109ページでは、正準変数$q,p$の任意の関数

A=A(q,p),B=B(q,p)A=A(q,p), \quad B=B(q,p)

についてLagrange括弧$(A,B)_{q,p}^L$とPoisson括弧$\{A,B\}_{q,p}^P$を

(A,B)q,pL=j=1(qjApjB+pjAqjB)(A,B)_{q,p}^L=\sum_{j=1}\left(-\frac{\partial q_j}{\partial A}\frac{\partial p_j}{\partial B}+\frac{\partial p_j}{\partial A}\frac{\partial q_j}{\partial B}\right)
{A,B}q,pP=j=1(AqjBpjApjBqj)\{A,B\}_{q,p}^P=\sum_{j=1}\left(\frac{\partial A}{\partial q_j}\frac{\partial B}{\partial p_j}-\frac{\partial A}{\partial p_j}\frac{\partial B}{\partial q_j}\right)

と定義すると書かれています。しかしこれではLagrange括弧はうまく定義できていないと思います。したがって6.60式にあるLagrange括弧とPoisson括弧が逆であるという関係も証明できません。$A(q,p)$, $B(q,p)$は$q_1,\cdots,q_n$, $p_1,\cdots,p_n$の関数ですので、$A,B$を$(q,p)$で偏微分する操作はよく定義されており、Possion括弧の定義は問題ありません。一方、Lagrange括弧を計算するには$q_1,\cdots,q_n$, $p_1,\cdots,p_n$を$A$と$B$の関数として表しておいて、偏微分を実行しなければいけません。

例えば$n=2$とし、$A=q_1$, $B=p_1$とします。このとき $q_2$や$p_2$がどのように$A$,$B$で表されるのかそもそも指定されておらず、$\frac{\partial q_2}{\partial A}$や$\frac{\partial p_2}{\partial B}$は定義できていません。6.60式では、$A_j$が登場しますが、これをどのように選ぶのかが指定されていません。$A_j$の$j$の足はどの範囲を動くのか(つまり$j=1,2,\cdots,n$なのか$j=1,2,\cdots,2n$なのか)も書かれていません。

これを解決するには、$A_j$ ($j=1,2,\cdots,2n$)は(正準変換とは限らない一般の)位相空間の座標変換とします。こうすれば、$q_j$や$p_j$は$A_1,\cdots,A_{2n}$を用いて表され、偏微分がうまく定義でき、Lagrange括弧も定義されます。また、6.60式にある逆の関係も全く問題なく証明可能です。つまり、Lagrange括弧も定義には関数を2つ選ぶだけでは不十分で、位相空間の座標変換となるように2n個の関数を選ぶ必要があると思います。

この点については畑先生の教科書にも同じ問題があります。井田p.74やゴールドスタインp.546の記述を参考にしました。

[2] Liouvilleの定理の証明について

93ページの5.105式では$p_j(q,Q,t)=\frac{\partial W(q,Q,t)}{\partial q_j}$により

pjQk=2W(q,Q,t)Qkqj\frac{\partial p_j}{\partial Q_k}=\frac{\partial^2W(q,Q,t)}{\partial Q_k\partial q_j}

106式では$P_k(q,Q,t)=-\frac{\partial W(q,Q,t)}{\partial Q_k}$により

Pkqj=2W(q,Q,t)qjQk\frac{\partial P_k}{\partial q_j}=-\frac{\partial^2W(q,Q,t)}{\partial q_j\partial Q_k}

とし、これらの量が等しい(より正確には行列式が等しい)ということがこの証明の肝になっています。しかし、ここはヤコビアンの成分の計算ですので、105式で計算したいものは$\frac{\partial p_j(q,Q,t)}{\partial Q_k}$ではなく

pj(Q,P,t)Qk\frac{\partial p_j(Q,P,t)}{\partial Q_k}

のはずです。同様に、106式で計算したいものは$\frac{\partial P_k(q,Q,t)}{\partial q_j}$ではなく

Pk(q,p,t)qj\frac{\partial P_k(q,p,t)}{\partial q_j}

のはずです。固定されるべき変数が異なっているため、

pjQk=2W(q,Q,t)Qkqj=2W(q,Q,t)qjQk=Pkqj\frac{\partial p_j}{\partial Q_k}=\frac{\partial^2W(q,Q,t)}{\partial Q_k\partial q_j}=\frac{\partial^2W(q,Q,t)}{\partial q_j\partial Q_k}=-\frac{\partial P_k}{\partial q_j}

とはできないのではないかと思います。これについては、畑先生の教科書にあるような「普通の」証明(シンプレクティック条件を用いたもの)をすればいいんだと思います。

[3] LagrangianとHamiltonianの恣意性について

p.78では、命題5.3(2)の説明で「運動量に関する端点条件も必要である」と書かれていますが、これは母関数による正準変換後の正準方程式を変分法によって理解するためには運動量に関する端点条件も置くということを意図されていると思います。しかしこれに関しては、そのような仮定は不要であることが「文献案内」にも載っている畑先生の教科書に書かれています(110,111ページの議論)。

そもそも一般に$n$自由度の系においては初期条件は$2n$個しかないため、座標の端点条件として$2n$個の端点条件をおいてしまったら、運動量に関しては自由にするしかないと思います。

[4] 命題.5.5はT. Kasuga, Proceedings of the Japan Academy 29, 495 (1953)の主張を不正確に引用しています。正確には$Q=\rho q$, $P=p$としなければならないところを、$Q=\lambda q$, $P=\lambda p$としてしまっています。このようにしてしまうと、$dQ\wedge dP$と$dq\wedge dp$の比が$\lambda^2$となってしまい、例えば時間反転対称性のような重要な例が漏れてしまいます。実は(偶然にも?)全く同じ間違いを江沢洋著「解析力学 (新物理学シリーズ 36)」培風館にも見つけました。

https://projecteuclid.org/journals/proceedings-of-the-japan-academy-series-a-mathematical-sciences/volume-29/issue-9/On-the-transformations-preserving-the-canonical-form-of-the-equations/10.3792/pja/1195570508.full

On the transformations preserving the canonical form of the equations of motion

Proceedings of the Japan Academy, Series A, Mathematical Sciences

projecteuclid.org


なお、上記[1]-[3]については著者に確認するために問題点・疑問点をpdfファイルにまとめて送りましたが、返答はありませんでした。そのため、私の勘違いである可能性もありますのでご注意ください。

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