質問ありがとうございます。私は大学院生の時点からハイパー核に携わっており、ハイパー核に関心を持ってくださったこと、嬉しく思っております。

 まず普通の原子核とハイパー核の違いを強調したいと思います。クォークは6種類あることが知られていますが、身の回りにはそのうちの2種類、アップクォークとダウンクォークだけが存在しています。といってもクォークは単独で自由に存在できるわけではなく、クォークが複数個集まった複合粒子(ハドロンと言います。)の中でしか存在できません。陽子や中性子はアップクォークとダウンクォークで出来ています。具体的には、下の図のように、陽子は2個のアップ (u) クォークと1個のダウン (d) クォークで出来ていて、中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォークで出来ています。この構造は、後にハイパー核の生成方法の説明で登場します。

 ハイパー核は、陽子や中性子だけでなく、ストレンジクォークを含むハイペロンも構成要素とする原子核のことです。ストレンジクォークはアップ、ダウンクォークの次に軽いクォークです。様々な種類のハイペロンがありますが、ここではΛ粒子とΞ-粒子だけを紹介します。Λ粒子は最も軽いハイペロンで、アップ、ダウン、ストレンジ(s) クォークが1個ずつ含まれます。それに対し、2個のストレンジクォークを含むΞ-粒子などもあります。Λ粒子、Ξ^-粒子は、陽子や中性子と比べて、それぞれ2割、4割近く大きな質量を持ちます。ハイパー核の具体例として、Λ粒子が原子核に束縛したΛハイパー核や、Ξ^-粒子が原子核に束縛したΞハイパー核が挙げられます。

 さて質問にあったハイパー核の生成方法について見ていきます。Λ粒子は寿命が263ピコ秒と極めて短く、当然身の回りには存在しません。そこで、原子核の中にある中性子をΛ粒子に置き換えるという反応が用いられます。実際はもっといろいろな方法があるのですが、典型的な反応を2つ紹介します。

(1) K^-中間子を原子核に衝突させる反応。以下の図のように、K^-中間子に含まれるストレンジクォークと中性子に含まれるダウンクォークを、反応によって交換させることで中性子をΛ粒子に、K^-中間子をπ^-中間子にそれぞれ変換させます。適切な運動量のK^-中間子を原子核にぶつけることで、原子核の中で作られたΛ粒子があまり大きな運動量を持たず、原子核に束縛されたままになるようにすることができます。

(2) π^+中間子を原子核に衝突させる反応。先ほどの反応と違いストレンジクォークを外から運び入れず、対生成によって作る方法です。下の図のように、ダウンクォークと反ダウンクォーク (ダウンクォークの反粒子:図ではdの上に横線を引いて反粒子であることを表しています)の対消滅によるエネルギーで、ストレンジクォークと反ストレンジクォークを対生成させます。反ストレンジクォークはK^+中間子として持ち去られるという反応です。

また、ストレンジクォークを2個含むΞハイパー核の研究が、今のハイパー核物理のトレンドの一つですが、もともと1個もストレンジクォークを持たない原子核に対して2個もストレンジクォークを埋め込むのは至難の業です。上の2つの方法の合わせ技のような方法を採ります。図が少しごちゃごちゃしてきましたが、ストレンジクォークを持つK^-中間子を原子核にぶつけ、今度は陽子のアップクォークとストレンジクォークを交換します(黒の太線)。それと同時にK^-中間子に含まれていた反アップクォークと、陽子に含まれるもう1つのアップクォークの対消滅のエネルギーで、ストレンジクォークと反ストレンジクォークを対生成します(赤線)。これにより、Ξ^-粒子とK^+中間子を作ることができます。だいぶ込み入った反応ですので、上の(1)や(2)の反応と比べても反応は起こりにくく(断面積が小さい)、Ξハイパー核を作るためには大強度のK^-中間子ビームが必要となります。

 ここまでが、ハイパー核の生成方法の説明です。では、実際にどのような装置が必要になるかですが、まず中間子のビームを用意する必要があります。それには加速器が必要で、たとえば、J-PARCでは高エネルギーの大強度陽子を金の生成標的にぶつけ、二次的に中間子を生成させます。K^-中間子やK^+中間子、π^+中間子など多種多様な粒子が、いろいろな運動量で作られますので、実験に用いたい運動量を持つ特定の粒子をより分けて輸送するためのビームラインで、標的の原子核まで中間子ビームを運ぶ必要があります。また、上述のいずれの反応においても、反応によって一緒に作られた中間子の運動量を測定する必要があります。そのために、標的よりも下流側にさらに磁気スペクトロメータを設置し、磁場による荷電粒子の曲げられやすさ(曲率半径)を測定することで運動量を測定することができます。ビームの中間子の運動量と反応後の中間子の運動量をそれぞれ測定することで、ハイパー核の質量を計算することができます。

1年1年更新

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