失礼ながら思わず笑ってしまいました。ひでぇ奴だなあと思いつつ、「気持ちはわかる」と思ってしまったからですね。コントの構図です。
例えばもし僕が「無添加にこだわっているんですね」的なことを言われたら、即否定すると思います。「結果的にそうなってるだけですよ」的な言い回しかな。本気か冗談か分からない感じでけむに巻く。そして心中では「無添加であることに価値があると思っているような人と一緒にしないで欲しい」というプライドもうずきます。だから場合によってはそのことを婉曲的に伝えるでしょう。
イチオシを聞かれた場合は、「それは食べる人の属性によります」という面倒くさい話を心の中にいったんしまいこみ、「初めてだったら〇〇がいいんじゃないでしょうか」みたいな感じで、質問をすり替えて答えるでしょうか。
だから僕は根本的な思想の部分ではそのパン職人さんと同類であり、そういう人々は、少数派かもしれませんが一定数いるはずです。あえて厳しいことを言えば、質問者さんはそういう思想に対する理解が足らなかったのかもしれません。
僕はインタビューを受けることがよくありますが、その度に、インタビュアーさんが自分のことを「よく知ってくれている」ことにいつもびっくりしてしまいます。ネットで過去のインタビューを読み込んでくれているのはもちろん、「書籍ではこう書かれていましたが」とか、「Xではこうおっしゃってましたね」みたいなこっちも忘れているようなことが出てきたりします。その上で「過去にも散々聞かれていると思いますが」みたいな前置き付きで、初見の読者のために必要な質問をされたりします。プロって凄いなといつも尊敬します。
そのパン職人さんの態度は、そもそも人としてどうかと思いますし、ましてプロとプロが相対する仕事の場で、それはあまりにも敬意を欠いている。ですがそれはいったん棚に上げて言うと、彼は理解者を求めているんだと思います。もちろんそうそう理解者は現れないでしょう。だから食専門の雑誌の記者さんということであれば、という一縷の(高すぎる)期待もあったのかもしれませんね。だから取材依頼を断らずその日に臨んだのでしょう。(そもそも、断れよ!って話なんですけど……)
僕にはインタビュアーなんて高度な仕事はとても務まりませんが、以前書籍のためにいくつかの飲食店に取材した時は、とにかく最初に自分がいかにその店を愛しているかをまず滔々と話しました。推し本人の前で推しポイントを語るわけですから、こんなに最高の推し活は無い、というだけの話なんですが、それは「私はあなたの理解者である」ということをアピールしたとも言い換えられます。単なるヨイショじゃすぐバレるのは自分の経験からもよくわかっていましたから、あえてすごいディテールから入ったりしました。20年前にあったメニューの話とか、人気メニューの微妙な隠し味の話とか。だからその時はいろんな店で「なんでそんなことまでわかっちゃうんですか」みたいに笑いながら驚かれもしましたが、少なくともそうなると信用して心を開いてくれるという実感はありました。青臭い言い方ですが、本音でぶつかったら本音で返してくれる、みたいな。
仕事としてのインタビュアーは、推し活だけやってりゃいいというわけには行きませんから、なかなかそういうわけにはいかないでしょう。だから僕にはとてもできない仕事ですが、もしやらざるを得ない状況になったら、あらゆる手を使い、もちろん実食を含めて情報をかき集め、嘘でもファンであり理解者であることをアピールしようと足掻くと思います。
食べ物を褒める時は、あまり売れてそうじゃないけど作り手の気持ちが入ってそうなものを対象にするのが、コツと言えばコツかもしれません。もちろん人気メニューを独自の視点で褒めるのもいいですが、これはなかなかハードルが高いので。おそらく件のパン職人さんは、「こちらの角食おいしいですよねえ」なんていう褒めから入ったら、逆に心を閉ざすでしょう。めんどくさいですね笑