日本の社会、文化を考えるうえで重要なご質問です。これは「放送」やメディアのありかたというよりも、日本の文化的背景によるもので、日本の文化や宗教の歴史には、少年や少女、特に少年を汚れない無垢な存在とみなして神聖視する宗教的心性があり(稚児大師像や今も残る祭礼の稚児など)、現在の芸能界にも、成人男子、成人女性よりもむしろ、大人になっていない未成熟な人間の状態を魅力的として「アイドル」視する現象が残っているのだと思います。最近、ジャニーズのアイドルに対する性的加害もやっと問題化されましたが、江戸時代の歌舞伎では、少年役者を性的対象にすることは慣習的に行われていました。明治以降の歌舞伎の近代化により、少年役者とお客との公然とした性的関係が払拭されたのは近代化のプラス面であるといえますが、性的関係が否定されたとしても、少年や少女を、宗教とは一見はなれたエンタテインメントの世界で「アイドル」視する現象は形を変えて継承され「いるのです。私自身、ジャニーズのコンサートに数回足を運んだことがありますが、多くのファンの人生を彼らのエンタテインメントが支えているという意味で、宗教的な熱狂に近いアイドル崇拝的側面を感じました。しかし、欧米社会では、BBCのジャニー氏に関する問題提起にもあるように、未成年との性関係は性犯罪としかみなされないため、たとえ性的関係がない一般ファンとの関係性においても、少年少女「アイドル」を異性として魅力の対象とする現象は社会で主流化しにくいですし、ましてや未成熟な少年性を魅力としてきたアイドルが、(たとえ年齢的には大卒で成人であるとしても)政治、経済、社会問題について成人男性にふさわしい判断力を有しているとは評価されにくいため、キャスターの位置を占めることは、ご指摘どおり想像できないといえます。ただ、「放送」のあり方と結びつける要素があるならば、「アイドル」に人気が集まる日本社会⇒「アイドル」をキャスターにすれば視聴率が稼げる⇒中身はともかく、「アイドル」をテレビに登場させよう(キャスターであれ、ドラマであれ)、という安易な経営的判断になりがちであるといえます。