うわぁ、これは答えにくい質問を、しかもダイレクトにしてくださいました。基礎物理学では大きすぎるでしょうから、「素粒子物理学は危機にあるか」としましょうか。下手なことを言うと誰かにしかられそうなんですが、そんなことをできるだけ考えずにお答えすることにしましょう。

素粒子物理学は危機にあるか、それともチャンスなのか。これは人それぞれの気の持ちようです。でも、「素粒子物理学は壁にぶつかっているか」という問いなら、答えは明白にイエスです。LHC が稼働する前、素粒子物理の将来についていろんな人が議論していましたが、よく言われたのは「ヒッグス粒子が見つかって他に何も見つからないのは悪夢のシナリオ」ということでした。ヒッグス粒子が発見されることで標準模型が確認され、それを超える何かは見つからない。その先の手がかりがなくなると困るというわけです。そして、現在、私たちはまさにその悪夢のシナリオの真っ只中にいる。壁にぶつかって、どちらに進めばいいかわからない。そういう状況です。

ただ、何も進歩がなかったわけではありません。宇宙物理学が大きく進展し、ダークマターの存在が確実視されるようになったことに加え、宇宙初期の密度ゆらぎが精密に測定されたことで、素粒子のいろんな模型に制限が与えられるようになりました。地上の実験室で新粒子を作り出さずとも、宇宙の観測から標準模型を超える理論の手がかりが得られるようになったわけです。

地上の実験も進んでいないわけではありません。ミューオンの異常磁気能率が話題になりましたが、標準模型では説明できない(かもしれない)現象が他にもいくつか出てきています。

これらはいずれも手がかりにすぎませんし、本当に正しいかどうかも今のところはっきりとはわかりません。ですが、小さな手がかりを集めることで何かが見えてくる可能性もあります。つまり、壁にはぶつかっているけど、これが危機なのかチャンスなのかは、まだ誰にもわかりません。

LHC 前後の経緯から私たちが得た教訓は、自然は私たちの望むシナリオにしたがってくれるわけではないということかもしれません。稼働前に華々しく宣伝された模型はもはやほとんど否定され、今では話題にする人も少なくなりました。私たちは、もっと謙虚に自然と向き合わないといけないのです。

3年

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橋本 省二さんの過去の回答
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