あなたのご質問を読んで私が理解したのは、ここで登場人物は「上司」「リーダー」「メンバー」という三種類いて、あなたは「リーダー」ということですね。リーダーであるあなたは上司と話はできているものの、上司とあなたで、メンバーとの関わり方に関する考え方がまったく異なる。そしてそれに限らず、上司とあなたで価値観が異なる部分があってやりとりに疲弊する。
一言でいえば「場合による」となってしまうし、万能な解決策はいかにも存在しなそうです。あなたも書いていらっしゃるように多くの人が同様のことで悩んでいると思います。
あるとき・ある場面・あるメンバー相手ならば、上司のいうパターンの方がうまくいくことはあるでしょう。でも別のとき・別の場面・別のメンバー相手ならば、あなたのいうパターンの方がうまくいくのではないかと思います。そういう意味で「場合による」といいました。
あなたがおっしゃるようにお互いの価値観がそれぞれあるのは健全なことですし、疲弊するにしてもやりとりが成立しているのはすごいです(多くの場合はやりとりを行わないか、行ってもまったくうまくいかないと思います)。
それぞれ多様な価値観をもっているわけですから、それを「一致」させるのは何というか無茶な話で、一致させなければいけないとするなら複数人いる意味がなくなってしまいます。価値観に関しては「相互理解」と「すりあわせ」と「妥協」をしていくしかないと思います。
大事なポイントとしては、価値観や意見もさることながら「上司とあなたでゴールを共有できているか」でしょうね。会社や組織で仕事をしているからには必ずゴールが存在します。短期的・長期的なゴールもあるでしょうし、売上げや利益や成果物やチームマネジメントに関するゴールもあるかもしれません。
もしもゴールが共有できていないのなら、そこまでのプロセスを議論してもあまり意味はありませんね。完全にゴールが一致しなくても、少なくともどちらの方向に向かうことを私たち(この組織)は目指しているのか。それが共有できているかどうか。
議論をするときでも、「私の経験ではこうした方がいい」や「私の考えではこうした方がいい」という経験や価値観から一歩進んで(あるいはいわばズラして)「こうした方がゴールに近づくと考える」のようにした方がいいように思います。
価値観に関わる部分を直接やりとりすると「生身の自分」や「むき出しの心」を表に出して議論することになりかねません。そうするとちょっとしたことでも自分や心がたくさんの傷を負う危険性があります。
会社のような組織において(つまりプライベートではない場面において)の議論では、「現状認識」「ゴール」「実現方法」のように、「自分そのものではない対象」を遡上に乗せて議論する方が無難ですし、意味があることだと思います。
価値観の議論を始めると「正しい/正しくない」という議論が「価値がある/価値がない」という議論になって、話者が立っている基盤をぶつけ合うみたいなことになっちゃいますね。
以上、あなたのお悩みの解決策とは言いがたいですが、思ったところを書きました。ご質問ありがとうございました。