難しいことや、ややこしいことを正確にわかりやすく伝える細かい工夫やアプローチは無数にあって、とてもここで簡単に書くことはできません。でももっとも大切な原則(鉄則)は一言でいうことができます。

それは《読者のことを考える》という原則です。これを自家薬籠中のものにするか否かですべてが決まるといっても過言ではありません。あなたは、このような質問をしてくるということは、ご自身が執筆者であるか、あるいは執筆者を指導する立場にあると想像します。だとしたら、あなたに贈るべき言葉はまさにこの《読者のことを考える》になります。

そもそも「難解な数学やプログラミングの概念を一般向けに伝える」というのは、ものすごく粒度が粗い表現ですよね。実際に本を書くときには、もっとずっと具体的に考えることになります。

「難解な数学やプログラミング」ではなくてたとえば「図形の証明」や「条件付き確率」や「ベクトルの内積」みたいな具体的な概念がある。それを書き手である自分が理解していることはまず必要です。

そして「一般向け」と表現したくなる「一般」というのは、もっと具体的な読者のイメージにする必要があります。読者のイメージというのは、その人は何を知っていて、何を知らないか。何に興味があって、何に興味がないか。どうして自分が書いた文章を読むのか……それを自分なりに具体化していかなければなりません。書き手である自分がどれだけ読者のことを具体的に想像できるか(そしてそれが的確か)が勝負となるのです。

想定読者のイメージがどうなっていて、自分の題材理解がどうなっていて、その題材をその想定読者に向けて伝えるとしたらどうするか。そのように段階を踏んで考えることができるかどうか(実際には段階といっても、同時並行に起きる部分はありますけれど)。

別の言い方をするならば《読者のことを考える》というスローガンがあったとして、それを自分自身に適用することが大事になるといえます。

これは余談ですが、あなたは「読者の理解を促進させる」と表現しました。それは正しいといえば正しいのですが、本当の意味では読者の理解を著者が促進させるわけではないですよね。読者を制御するような、そんなスーパーなことはできません。書き手ができるのは、文章などの成果物を整えるところまでです。そこは十分に考える必要があります。読者を制御するのではなく、成果物を制御するのです。

結城は『数学文章作法』という本を二冊(基礎編・推敲編)を書きましたが、それは《読者のことを考える》という原則を伝えるために書かれた本といえます。そしてこれを受け取ったならば(本当に受け取ったならば)目的の半分は達成できたことになります。残りの半分は《読者のことを考える》をどう具体化するか、という書き手側(あなた)が埋める課題となります。

そんなところです。ご質問ありがとうございました。

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◆書籍『数学文章作法』基礎編・推敲編

https://www.hyuki.com/mw/

◆文章を書く心がけ|結城浩

https://mm.hyuki.net/m/m427a78a1adf7

◆本を書く心がけ|結城浩

https://mm.hyuki.net/m/m715a102cda18

2023/08/03投稿
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