「社会問題」は、いつの時代でもたくさん存在しており、その教授の方がどのような問題を対象に言っているのかわからないので、見当違いの回答になるかもしれません。

 ただ確かに学会に限らず、社会科学の分野で少しでも勉強していれば、10年(といわず、テーマによっては数十年)以上前から言われていることが社会政策その他に反映されず、結果的に「社会問題」が生じたり、あるいは解決されないという例は少なくありません。

 例えば「異次元」の対応を今さらはじめると政府が宣言した少子高齢化という社会問題は、今から30年以上前の1989年の合計特殊出生率が1.57と、それ以前の特殊要因で低かった1.58を下回った、いわゆる「1.57ショック」の話題になって以降、ずっと社会問題であると言われ続けています。そして人口学などによる様々な研究は、それ以前から、そしてその後も活発に続けられてきています。その研究成果に基づいて、様々な対策の必要性もずっと言われ続けていました。しかし、それらはあまり社会政策に反映されず、問題は「問題」のまま続いています。なお岸田政権が提案している「異次元」の対策は、基本「諸外国では普通に行われている」というレベルのモノが多く、むしろ今までの自民党政権の対応が「異次元の遅さ」であったと言えるかもしれません。

 あるいは、高所得者層を優遇すること(具体的には最高税率の引き下げなど)で、そのような人々が儲かれば儲かるほど経済全体が潤い、結果的に貧しい人々にもその恩恵が「したたる」という「トリクルダウン理論」というのがありました。そしてそれを根拠に、アメリカの共和党などは未だに「減税」こそが経済成長を生むと主張し、社会的格差の是正の必要性を否定しています。ただ、そのトリクルダウン理論はほとんどの実証研究ですでに反証済みで、貧富の格差が拡大してしまうと結果的に経済成長は大きく阻害されることが実証されています(OECDの研究成果の簡便な紹介などはhttps://www.oecd.org/els/soc/Focus-Inequality-and-Growth-JPN-2014.pdf )

以上のようなトリクルダウン理論を否定する話も、10年以上前からずっと言われています。ただ、未だ「格差」が経済成長に負の影響を与えるという話より、「競争で格差をつけた方が経済成長しやすい」という理論の方を信じる人は少なくないのでは、とも思います。

 以上二つの例だけを挙げましたが、社会理論の発展あるいは社会自体の変化のスピードに比して、人々の社会認識が刷新されるスピードは遅いものとなりやすいようです。結果、学会など「専門」として研究している人々が言うことと比較し、どうしても「社会で当たり前」と思われていたりすること古いままになる、というようなタイムラグが生じやすいと思われます。そのことなども「社会問題」として生じていることと、その対策や問題点を指摘する学会などの見解とのズレを生む原因の一つだと思います。

 以上を踏まえた上で「今は何が問題」という点に、あえてお答えしてみたいと思います。そのような社会科学の研究の知見がきちんと社会に還元されて広がらず、むしろそれらを軽視する風潮の方が強まっていて(菅自民党政権が「学術」の独立性を象徴する日本学術会議の人事に対し、特定の社会科学者を排除したように)、結果的に社会問題の適切な解決への道を遠ざける社会・政治状況が作られている。そのことが、実は最大の社会問題(の一つ)なのかもしれません。

 

1年1年更新

利用規約プライバシーポリシーに同意の上ご利用ください

田辺俊介さんの過去の回答
    Loading...