これはまた哲学的な質問ですね。

ウスターソース、中濃ソース、とんかつソース、お好みソースなどなどは、総称して「ウスターソース類」と呼びます。長いし一般的な呼称ではないので、ここでは単にソースと書きますね。トマトソースやソース・ヴァン・ブランなどそれ以外の一般名詞としてのソースはいったん省きます。

ソースの源流を辿るとウスターソースに行きつきます。イギリス生まれの食品です。僕はウスターソースの本質は「酢」だと考えています。酢になんやかんや加えておいしくしたものがウスターソースということです。イギリス料理は、あまり味付けをしない料理に食卓で各自が塩や辛子や酢で調味を行うのですが、ウスターソースもそのひとつです。それらのオール・イン・ワン的な物とも言えるかもしれません。

玉村豊男っぽく言うと、ウスターソースは「三杯酢」と同じ位相を持っています。三杯酢は酢に醤油や甘み(みりん)を加わえておいしくしたものです。醤油というのはそれ自体が複雑な旨味と香りを持つわけですが、ウスターソースの場合は香味野菜等を複雑に用いることでそれを演出しているという構造です。

ウスターソースにはそれに加えてスパイス類が加わるのが三杯酢との大きな違いです。スパイスは、いわゆるキャトルエピス的な、つまりヨーロッパで一般的な(古典的な)スパイスの混合に、チリが加わったもので、中でもクローブが重要です。

そのウスターソースの源流は、マッシュルームケチャップなのではないかと僕は考えています。ケチャップと言ってもトマトケチャップのことはいったん忘れてください。ケチャップは元々、東・東南アジアの穀醤・魚醤つまり醤油やナンプラーの総称であり、マッシュルームケチャップはその系譜です。

ただしこれはアジアの穀醤・魚醤からは大きく味が変化し、酢と塩のベースに(マッシュルーム由来の)ほのかなうま味やクローブの香り、カラメルの漆黒色が加わった、まさに原初のウスターソース的な見た目と味わいになっています。

ちなみにイギリスのウスターソースには、魚醤とほぼ同種の調味料であるアンチョビが入っているだけでなく、かつては原材料の一部に中国や日本の醤油も使われていました。

ウスターソースはその後日本に伝わり「洋醤油」と呼ばれます。アジア生まれの醤油・魚醤が、ぐるっとヨーロッパを回って日本に帰ってきたということにもなります。日本では輸入のウスターソースは高価だったので、「酢と醤油と一味唐辛子など」でその代用品が作られていたりもしたようです。世界を巡る魔改造大紀行。興奮しますね。

さて日本に伝わったウスターソースは、さらなる魔改造が進みます。醬油に近付けるかのごとく塩分濃度が上げられ、そのバランスを取るためもあってか糖分も増えました。最初に「ソースの主体は酢」と書きましたが、この変化により酢の存在感は相対的に低下します。そしてここからやおろずのソース神話が始まります。

 

日本式ウスターソースはとんかつソースを生み落としました。甘さととろみを増すことでより「おかず味」に特化したソースです。しかしそれは少々やりすぎというところもあったのか、ウスターソースととんかつソースはその中間的な中濃ソースを生みました。中濃ソースはその後東京を拠点にウスターソースの覇権を奪うことになる魔の子です。

お株を奪われたかに見えたとんかつソースですが、そこからオタフクを長兄にお好みソースたちが生まれます。広島の地では、元々ぺたんこのおやつだったお好み焼きがひたすら縦にボリュームを増す3D超進化を遂げたのに伴い、ソースは極限まで甘さと粘度が増し、酸味はアクセント程度にまで大幅に削られました。彼らや彼らの子孫は、なんとあの大阪まで含めてお好み焼き界を席巻し、ついには全国にその繁栄の種を撒きました。

またその傍で、ウスターソースととんかつソースは焼きそばソースやたこ焼きソースなど多くの子を成し、彼らもまた国中に散らばりました。

そんな中、ウスターソースの嫡子であるコーミソースは、味噌の国の城壁内に特区を構えています。愛馬エビフリャー(と、諸国には伝わっているが正しくはエビフライ)に跨るその姿は、味噌国及び周辺の民衆に熱く信仰されています。これほどまでに深く愛されている神もそうそういないかもしれません。とんかつソースや中濃ソースが味噌ダレの砦に侵入を阻まれたことも、コーミソース教がその純粋さを保ち続けられる理由のひとつかもしれません。

そんなソース多神教の中、僕はあくまでウスターソース信者です。しかもその中でも最も原理主義的なリーペリンソース派です。なぜならばソースの本質は酢なのであり、決して酸味を削いではいけないと考えるからです。また、うま味もアンチョビ由来のあの程度のほのかさで充分と考えます。

そういう意味ではリーペリンソース派より更に少数派であるA1ソース派とは部分的な共闘が可能とも言えますし、ついでに言うとコーミソース神という嫡子の嫡子に対しても、ある種の愛情を感じています。また、ここだけの話ですが、どろソース教というカルト宗教とも密かに通じています。つまり現在覇権を握る中濃ソースとオタフク系ソースに対して包囲網を築こうとしているのです。

レジスタンス勢力は今のところ劣勢としか言えませんが、時が来れば蜂起する、その時にはコーミ王子を神輿に担ぐしかないでしょう。これはおそらく民衆受けする貴種流離譚です。

 

卓上に中濃ソースを置く全国の飲食店には、そろそろ悔い改めて欲しいと心中願っています。リーペリンソースとまでは言わないまでも、せめて(国産)ウスターソースにしてはもらえぬか。そしてそういう贔屓目抜きで、卓上ソースがウスターの店は名店が多いと感じています。

質問者さんは好きにしたらいいと思います。かけたいものにかけたいソースをかけるのみ。信教の自由は侵されてはなりません。しかし願わくば我が派閥に加わって欲しい。

May the sauce be with you

ソースと共にあらんことを!

1年1年更新

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イナダシュンスケさんの過去の回答
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