簡単に言えば「より抽象的なデータしか使えなくなり、より大雑把なアクチュエーターしか使えなくなる」ということだと思います。この辺の話は一度ブログにも書いたことがあります。
https://tjo.hatenablog.com/entry/2022/01/14/170000
2010年代に一気に人口に膾炙した「データサイエンティスト」という職業は、現在では多彩な業界・分野・領域に進出しておりその分析テーマも多種多様ですが、元々はハーバード・ビジネス・レビューの有名なダベンポート総説でも説かれているように「ビッグデータを活かして」「マーケティングに革命を起こす」という役割を主に求められていたのでした。
これは分かりやすく言い換えると、ビッグデータを活かして個々の生活者の属性・行動に対して個別に最適化されたマーケティング施策を投下して個人レベルでの消費行動に働きかけて全体としてのビジネス目標を達成しようとする、いわゆる「one-to-oneマーケティング」「生活者ターゲティング」を担うというのがデータサイエンティストの仕事である、ということでもあります。
この考え方はスマホの普及によってweb・アプリサービスビジネスが隆盛を誇るようになると同時に、世界中に広がっていきました。その時代の寵児たる企業たちがBig Techとかtech giantsとか呼ばれていることは、皆様も良くご存知かと思います。
……しかしながら。上記のリンク先記事でも論じたように、ともすれば「ビッグデータ活用」の名の下に個人情報データを濫用するかのようなマーケティング手法に対して、2010年代末には世界各国から強烈なbacklashがやってきます。それを象徴するのがGDPR(EU一般データ保護規則)ですね。即ち、域内でビジネスを行う企業に対して厳格な個人情報データの保護と濫用の規制を適用し、違反した企業に巨額の罰則金を課すというものです。EUに限らず同種の個人情報保護法制は多くの国と地域で導入されるようになり、中にはこれを機に当該地域での国外ビジネス展開を断念した日本企業すらあったりします。これにより「生活者ターゲティング」そのものが転換を余儀なくされたと見て良いでしょう。
ただ、これは元々生活者ターゲティングを主戦場としてきたデータサイエンティストという職業にとっても、そしてその恩恵を被るつもりでずっとやってきたマーケティングという業界にとってもまた、大きな転換点となっていると言って良いかと思います。
……では、将来の社会においてデータサイエンティストとマーケティング業界はどのようにしてその意義を発揮していくべきなのでしょうか? 勿論、2000年以前の古典的な市場調査をベースとしたブランディングに回帰するという方向性もありますが、一方でデータサイエンティストという職業の隆盛によって統計学の知識が普及したことを活かすという方向性もあるかと思います。そのヒントが、2021年のノーベル経済学賞の受賞テーマである「自然実験による因果推論」に見て取れます。
即ち、個人情報に抵触しないようなマスマーケティングのデータを(デジタル化された現代のマーケティング基盤を活用して)収集し、これを統計学そして計量経済学の手法によって分析し、ダメ押しとして統計的因果推論の手法を用いて検証実験を実施する、という一連の分析の枠組みです。これについても、最近のブログ記事で取り上げています。
https://tjo.hatenablog.com/entry/2023/04/26/191100
勿論、これで達成できるマーケティング目標もあれば、そうでないものもあるとは思いますが、基本的には「遮二無二ビッグデータと機械学習で生活者ターゲティングしていれば事足りた時代は終わった」と見て良いと思います。故に、その先のことを考えなければならないというのが、将来のデータサイエンティストとマーケティングの課題だと考えます。