私はコミュニケーションの専門家というわけではないので、ごくごく一般的な話のみですが、思うところをお話しします。
まず第一に、何かしらのマニュアルやテクニックを覚えて適用しようと思わないほうがよいです。なぜかというと、自分がそういう相手と話している様子を想像すればよくわかります。おしゃべりしているときに、「あっ、この人はこういうマニュアルに従っているな」とか「この人は現在、こういうテクニックを駆使しているな」と思ったら、いきなり興ざめしますよね。なので、いったんマニュアルやテクニックを身に付けようという考えはやめた方がいいと思っています。
ではどうするかというと、相手に対する「健全な関心」を持つということです。「健全な関心」というのは「いま話しているこの人は、どんな人なのかな〜」という気持ちのことです。どんな人で、ふだんどんなことをやっていて、何が好きで、何が嫌いな人なのかな〜のような気持ちを持つこと。これです。
どうして単なる「関心」じゃなくて「健全な関心」なのか。「健全な関心」じゃない関心というのは、「相手をこんな風に利用してやろう」とか、「こういうことを考えていたら、こうやって言い負かそう」とか、「こういうものが好きなら、これを売りつけてやろう」とか、「この機会を利用して、自分の成績を上げよう」とか、そういう「やましい」気持ちや「私利私欲」の気持ちのことです。そういうのじゃなく、ごく素朴に「どんな人なのかな〜詳しく知りたいな〜できれば親しくなりたいな〜」と思う気持ち。それが「健全な関心」です。
話し相手に対して健全な関心を抱こうとしてみると、次の一歩は自然に浮かんできます。たとえば……
相手が話し始めたら、自分の話をいったん保留して、相手の言葉に耳を傾ける。
相手の話をよく考えながら聴いて、もっと知りたいと思うところをこちらから質問する。
相手の言葉を聞きながら、なるほど!と思ったところではしっかり相槌を打つし、えっそうなの?と思ったところでは首をかしげる。
相手が話したキーワードについては、自分でも反復して復唱したり、「それって、こういう意味でしょうか」と自分の理解が正しいかどうか照らし合わせる。
そんなアクションが思い浮かぶでしょう。いずれも、相手に対して「健全な関心」を持っている人がいかにも行いそうなアクションですよね。それぞれのアクションをマニュアル的に、テクニックとして闇雲に行うのではなくて、相手のことをもっと知りたいから自然とそのようなアクションを取る。これがとても大事なことです。
具体的な「トレーニング」については何ともいえませんけれど、誰かと話す機会があったときに、その後で「振り返る」ことがとても大切だと思います。たとえば誰かと一時間打ち合わせをした後、改めて一人の時間を確保して打ち合わせを振り返ります。次のようなことを振り返ります。
オープニングで相手は開口一番何をいったか、自分はそれになんと言って答えたか。
打ち合わせの全体を通じて、相手と自分ではどちらが多く話したか。
相手はどのような準備をして、どのように話を進めたか。それぞれの段階で、自分はどのように反応したか。
相手が「あれ?」と思ったような場面はあったか。その理由を説明できるか。
自分が伝えようと思って伝えられなかったことはあるか。あるいは相手が伝えようと思ったことを自分はちゃんと聞くことができたか。
などなど、要するに打ち合わせにおけるやりとりのいわば「すべて」を思い出そうとするのです。その際に、安直な反省をしないのがコツです。たとえば、悪い例として「ああ、自分はこんなに話を聞くのが下手っぴなんだ」で振り返りを終わらせるのはよくありません。そうではなくて、相手が何を言ったか、何をしたかを思い出すこと。自分が何を言ったか(何を聞いたか)を思い出すこと。
私は会社勤めをしていた時代、個人的に打ち合わせの振り返りの文章を書くのが好きでした。相手が何を言ったかを箇条書きにしていくようなスタイルでたくさん書きました。それは私が人の話を聞く訓練になったと思います。もっとも私はそれを練習としてやっていたわけではなく、好きだからやっていたのですけれど。
以上、
マニュアルやテクニックではなく、相手に対する健全な関心を持つ
そこから生まれる自然なアクションを大切に
話し合いが終わった後に時間をとって振り返る
というお話をしました。あなたの参考になればうれしいです。
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