堀江謙一『太平洋ひとりぼっち』(少年向け編集版)ですかね。
もちろんサンフランシスコ・ベイエリアにいまでも飾ってあるマーメイド号で初の単独太平洋横断を成し遂げた謙一くんの手記。航海が1962年だから、たぶんこの本はぼくが10歳になる前に読んでいる。
影響力の理由は明快。「謙一」という名前の共有です。
父の転勤で小さい頃からノマドではないがデラシネのぼくにとって、この人の突破力はとても力になった。その後の彼の幾多の航海もいつも気にしてきた。
ぼくの「謙一」という名前は、祖父の命名。彼はぼくが4つの時に亡くなっているので、直接話を聞いたことはないが、関西の広告史の本を読んだら、「謙一」が大正時代の人気の名前だったことがわかった。それを和歌山県人だった祖父は孫の名前にしたのだろうと思う。
堀江謙一も尼崎出身なので、そういうのが同一の漢字の名前の由来なのかもしれない。「けんちゃん」は世の中数多いるけれど、同一の漢字の人物はそう多くない。この名前を共有することで、ぼくは強い気持ちでいられた。
小さい頃に読んで以後、小中をいくつも転校し、高校も見ず知らずの大阪に飛び込んだが、その根を支えてくれたのだと思っている。アイデンティティを共有している人がこんなことができるなんて、と、とても高揚したものだった。
その後の人生もデラシネではあるけれど、自分の突破力の守護神がこの本になっている。
あと、マーメイド号の読書経験は、その後のコンチキ号だとか、さまよえる湖だとか、川口慧海のチベット越えだとか、そういう冒険譚への目も開いてくれましたね。ありがとう。
「人生に影響を与えた本」というと、もっと成長して高校生になってからのヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』経験もあるけれど(そっちの方がもっともらしく聞こえるかも)、こちらの方はこの絶無の哲学者の生きざまも含めて、一生ファンです。ポッパーかヴィトゲンシュタインかと言えば、間違いなく後者を取ります。ついでながらこの二人の間の激論を巡る本もすばらしい。