わたしが最近提唱している「フラット登山」に興味を持っていただいてありがとうございます。戸隠高原から笹ヶ峰への林道は、前から歩いて観たいと思っていたコースです。かなり長いのと、笹ヶ峰のアクセスが悪いのがたいへんそうですが……。
江戸時代までの「塩の道」や「鯖街道」を歩くのは、おもむきがあって良いですよね。何年か前に、長野県の松本から日本海の糸魚川までを結ぶ「塩の道トレイル」を二度に分けて歩いたことがあります。松本から安曇野、大町を抜けて仁科三湖、そして白馬へ。北アルプスを左に見ながら美しい安曇野をたどっていく道ですが、舗装道を歩くところが非常に多く、足が痛くなって難儀しました。
白馬からは本格的な山道へと入っていって、糸魚川へと抜けます。その日は夏の一日で、日本海側はフェーン現象で驚くほど暑く、藪の多い道を大汗をかきながら歩いたことを思い出します。ようやく糸魚川に到着し、古い街並みを抜けて青い日本海の海岸にたどり着いたときには、なんともいえない深い感動がありました。
フラット登山やロングトレイルなど、「山頂を目指さない歩く旅」の良さは、ゴールがないことです。ゴールを目指さず、ただひたすら歩くことだけを堪能していく。それは右肩上がりの成長の時代が終わり、成功を目指すのではなく、「この健全な日常がずっと続いてほしい」と感じるようになった低成長時代の価値観の変化に適合しているのではないかとも感じます。
ふりかえれば日本人は、アフリカを出てから巨大なユーラシア大陸を横断し、ひたすら歩いてこの極東の地までやってきたのです。わたしたちの民族意識には、途方もなく長く歩く旅というビジョンが刷り込まれているのだと思います。近代が終わった今、私たちの価値観は再び「ただ歩く」という行為に回帰しようとしているのかもしれません。