うま味にあたる要素が特に無いのにおいしい料理、というのは南インドの菜食料理にたくさんあります。僕も最初は戸惑いました。しかしそのうち、ダシ的なうま味がないとおいしくないという感覚は、日本人に特有の錯覚や思い込みのようなものではないかと思い始めて今に至ります。

もちろんラッサムにうま味が無いわけではありません。残念ながらタマリンドが特別豊富なグルタミン酸を含むわけではありませんが、ダルがかすかなうま味を放出し、ニンニクが放出し、トマトが放出し、という地味な積み重ねで、極々控えめな昆布だし程度のうま味は確保されています。そこにうま味以外のさまざまなフレイヴァーが乗っかって、ラッサムのおいしさが成立しているのです。

タマリンドはうま味というより、酸味を軸にした複雑な味わいがコクをもたらしています。クミンやコリアンダーリーフは、うま味には貢献していないはずなのに、これまたなぜかコク感のようなものをもたらします。おそらくうま味以外にも、うま味と似た働きをする要素(⊃成分)っていろいろあって、インド菜食はそれに気付ける料理体系なんだと思います。つまり「うま味控えめだからおいしい」。

ラッサムがこれだけおいしいんだから、ここにうま味が加わればすごいことになるのでは、と思い、過去にいろいろやってみました。貝、チキンスープ、鰹だし、などなど。もちろんおいしいです。ただしそのおいしさは決して「グレードアップ」という感じではありません。それはもう、ポイントを切り替えて別の線路に移っている。あきらかに何かを得た代わりに何かを失っているんですね。和食においてダシは大事だけど、それによって何かを失っている部分もあるんだろうなと思ったりもします。

ところで質問者さんもお気付きのように、ラッサムにおけるうま味要素は、トマトがほとんどの部分を占めています。しかしトマトは昔から入っていたわけではありません。あるケララの料理家さんは「おばあちゃんの時代には誰も使ってなかった」と書いていますから、遡ってもせいぜい数十年の話ですね。

現代でもストリクトな料理人はトマト無しで作ります。言うなればこれこそが真のラッサムです。おいしく作るための難易度(と、おいしく味わう難易度)が跳ね上がりますが、ぜひ挑戦してみてください。

10か月

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