まず意識しなければいけないのは、彼さんはマジョリティであり質問者さんはマイノリティであるということです。質問者さんは、一般的な外食や普通に売っているお惣菜やコンビニフードなどに対して「味が濃すぎる」と感じていませんか? それはすなわち質問者さんが異端、すなわち「周縁の民」であることを意味しています。

食に特別興味の強い人は、周縁の民になりがちです。周縁と言ってもいろいろなベクトルはあるのですが、概ね、薄味好きになったり、薬味好きになったり、クセのあるものが好きになったりしがちです。特殊な趣味とも言えます。マジョリティの人に対して「周縁の民の仲間入りをしてほしい」と望むのは、例えるなら、音楽に特に興味のない人をマニアックな音楽のライブに連れて行こうとするようなものです。

周縁の民は言わばホラー映画におけるゾンビであり、ゾンビが住み良い世の中を作るためには人を襲ってゾンビの仲間を増やす必要がある、というのが、この種の問題における僕の「ゾンビ理論」です。

 

彼さんが立派だなと思うのは「細かい味の違いがわからない」と素直に認めている点です。普通は分からなくてもそれを認めたがらないものです。そして細かい味の違いがわかるか分からないかは、必ずしも感覚の鋭敏さの問題ではないと僕は思っています。「違い」は、それを(無意識的にであっても)言語化しようとする過程で初めて認識されます。そのためには強い興味が必要です。興味の無い人にとってはハードコアパンクは全部同じ曲に聴こえるようなものです。

そういう意味で彼さんは謙虚ですが、質問者さんも謙虚です。「好みの問題」「おこがましい」「勝手」だと分かっているからです。ただし一箇所、気になる点があります。それは、彼さんの好みを自分の好みに引き寄せる行為を「改善」と表現していること。つまり無意識のうちに、周縁の民をマジョリティの上位者の位置に置いてしまっている。

これは言わば「美味しんぼ的世界観」であり、美味しんぼがそうであったように、それは時にゾンビ化の有効な手段ともなり得ます。しかしあれはあくまでフィクションです。現実に持ち込むと、残念ながら効果だけでなくさまざまな軋轢も生み出しかねません。この点だけは注意する必要があると思います。

 

結論として、彼さんを自分と同じ好みに近付けたいのであれば、彼さんに食べることに対して(格別に)強い興味を持ってもらうしか無いのではないかと思います。興味を持っても違うベクトルの周縁に向かってしまう可能性もありますが、質問者さん自身がロールモデルとなれば、その可能性は低いでしょう。

そうなるために効果的な方法は2つあると考えています。「良いお店で外食すること」と「自分も料理をすること」です。両方を並行して行うのが効果的です。もちろんこれはどちらもそもそも食への興味が無ければスタート地点にも立たないわけで「鶏が先か卵が先か」みたいな話なのかもしれませんが、きっかけさえ掴めれば、後は雪だるま式です。きっかけはもう、お二人の関係性の中にしかありません。

関係性といえば最後にひとつ。「結局味を足されます」とサラッと書かれていますが、僕はここにぐっと来ました。彼さんはとりあえずそのままを受け入れようとし、質問者さんは味を足されることを受け入れている。これは理想的な関係性であり、世の中はこのどちらかが欠けることによる悲劇に溢れています。たぶんこのことは、彼さんをゾンビ化するための重要な下拵えになっていると思います。あとはきっかけを作るだけです。

 

10か月10か月更新

利用規約プライバシーポリシーに同意の上ご利用ください

イナダシュンスケさんの過去の回答
    Loading...