質問です。私は生まれつきの嗅覚障害でにおいがまったくわかりません(高校生のとき診断を受けました。いまの医学では先天的な嗅覚障害は治らないとのこと)。相手に気を遣わせてしまったり味のわからない人間だと思われたりするのが嫌で、家族やごく親しいひと以外にはこのことは隠していて、普段食事の席などではにおいがわかるふりをしています。もっとも、信じてもらえないかもしれませんが、私自身食べることが大好きで、料理をすることや食べることが生きる喜びのひとつだと思っていて、稲田さんの本やレシピもよく参考にしています。ただ、やはり心のなかにはいつも、自分はいま食べているものの本当の美味しさを理解できていないのではないかという疑念や不安があります。そこでお聞きしたいのですが、稲田さんからして、これはにおいに関係なく純粋に味だけで楽しめるというものはあるのでしょうか。それとも味とは定義上においを含んでいるものなので、やはりどこまでいっても私には食べ物の「本当の」美味しさはわからないのでしょうか。難しい質問かと思いますがお答えいただければ幸いです(たぶん、自分と同じ悩みをもっている人間はほかにもいると思うので、、)。

食べ物の味において、五味と言われるような味蕾で感じる味と、嗅覚で感じる香りは、分かち難く結びついています。匂い無しに完結する食べ物は塩と味の素くらいしか思いつきません。だから同じものを食べても、僕と相談者さんは違う味を楽しんでいるのは確かでしょう。

しかし同時に僕は、食べ物を味わう時、匂いに「引っ張られているのではないか」と感じることも多々あります。

例えば一番だしというのはいかに匂いを抑えつつ純粋でバランスの良いうま味を抽出するか、みたいな技術でもあるのですが、それでもそこにおいては、昆布やカツオの香りによって自動的においしいと感じさせられているところもあります。

もっとわかりやすいのはカレーです。インドカレーの仕上げに細かく刻んだパクチーを加えてさっと火を通すと、そのカレーは多かれ少なかれ確実においしくなるような気がします。なので僕は半ば冗談で「パクチーは緑の味の素」と言っているのですが、この時パクチーがカレーに放出するものは味ではなく匂いでしかありません。カルダモンをやや極端に効かせると、それだけで「本格的なおいしいカレー」と感じさせることにも気付いてしまいました。つまり我々は、香りを楽しんでいるのは確かですが、同時に、匂いに惑わされてもいるのかもしれません。

 

何かの感覚に欠けている人が、残る別の感覚を研ぎ澄ませるという話をよく目にします。(もしファンタジーを真に受けているだけだったらすみません。)

僕は毎月、視覚障害の方向けの食べ物雑談&音声レシピのコンテンツを作成しています。例えば鶏肉を焼くというひとつとっても、「皮目にこんがりと焼き色が付くまで」みたいな表現は使えません。その代わり「チリチリと乾いた音がして、もう少しで焦げそうなくらい香ばしい香りがしてきたら」という表現になります。

実はこれはプロが普段やってる判断でもあります。鶏肉焼くのにつきっきりというわけにはいかないので、他の作業をしながら、フライパンからの音と匂いで判断するわけですね。

我々は職業上自然と身につける感覚ですが、普段から嗅覚と聴覚をフル活用している方達なら、こういう感覚も研ぎ澄まされているだろう、と信頼してのレシピです。普段はもっと簡単で失敗のないレシピが中心なのですが、そういうものばかりに限定するのも違うかな、と。

 

この質問を見てから数日、色々なものを食べる時に、鼻で息をせずにひとくち食べてみました。

意外と良かったのは焼き鳥(ネギマとレバー)です。そんなにいい焼き鳥屋さんではなかったこともあり、普通に食べると少し匂いが気になったというのもあります。特にレバーは、これからもたまにこうやって食べてもいいかもとすら思いました。フォアグラなんかも行けるんじゃないかな。そう言えば鶏のから揚げも普段、無意識のうちに少し匂いを我慢しながら食べていることが多いような気もしました。今度やってみたいです。

二郎系のラーメンもなかなか良かったです。そもそも情報量過多な味なので、息を止めても相対的な影響が少ないというか。

意外だったのはりんごジュース。濃縮還元ではなくストレートだったのですが、なぜかそのことがわかりました。気のせいではないと思います。ただそれがりんごなのか他のフルーツなのかの判別は付かなかったかもしれません。

あと、味や匂いだけでなく、食感や温度も大事だなという当たり前のことに改めて気づきました。冷房の強風であっという間にぬるくなった二郎系ラーメンは、ヌルヌルといっていいくらいとろみがまし、匂いで何食べてるかよくわからないのもあって、なんだか手打ちのパスタを食べてる錯覚におちいりました。これは絶対フォークで巻いて食べた方がうまいぞ!的な。

 

ただ身も蓋もないことを言えば、どれも匂いを感じながらの方がおいしいのは間違いありませんし、質問者さんはアンラッキーを抱えています。質問者さんの嗅覚以外の感覚が人一倍鋭敏に育っているかは想像でしかありませんし、ご本人も確認しようがないですね。

それでも食を楽しめていることに、僕はある種、人間の神秘のようなものを感じました。感動と言ってもいいです。

 

 

2か月

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