3つの「不定詞の意味上の主語」を含む構文の各々は、英語史上、発達の経緯がまったく異なります。歴史上直接的には関係のない3つのものを、現代英文法では「不定詞の意味上の主語」という項目のもとに一括りにしているために、むしろ理解しにくくなっているケースだろうと思います。

 a. I want him to win the game. は「対格つき不定詞構文」と呼ばれる構文で、人称代名詞の目的格の him が、後続する to win the game という不定詞句の意味上の主語となっています。このような構文が発達したのはおそらく後期中英語以降で、今回のような want 型の動詞による構文の初例は近代英語になってからのものが多いです。この構文は、おそらく本来的な発達と思われますが、ラテン語など他言語の構文のなぞりであるという説もあります。

 b. It's easy for me to solve the problem. のように、不定詞の意味上の主語が for me のように for を用いた前置詞句で表わされる構文は、英語史上は統語的異分析を示す例としてよく知られています。古英語から中英語にかけては、(代)名詞は格による屈折が機能していたため、for のような前置詞の支えは必須ではなく、与格形(今回のケースでは me)が単独で用いられることも普通でした。つまり、本来は It's easy (for) me to solve the problem. のような構文でした。当初、この (for) me は統語的に easy にかかっているものとして、つまり「私にとって易しい」ほどを意味するものと解釈されていました。ところが、やがて (for) me が、むしろ後続する不定詞句 to solve the problem と組んで、その意味上の主語を表わすものとして、当初とは異なる方法で分析されるようになりました。端的にいえば、当初の It's [easy (for) me] to solve the problem. が勘違いの分析により、It's easy [(for) me to solve the problem]. と解釈されるに至ったのです。本来的には (for) me は不定詞の意味上の主語ではなかったという点が重要です。

 c. It's kind of you to give me a call. は、上記の b の構文で前置詞 for が用いられていたところに、前置詞 of が用いられているように見えます。しかし、これも結果としてそのような見え方になっているだけであり、c と b は発達の経緯がまったく異なるのです。入り組んだ歴史があるので、ここでは要点だけ述べますが、この構文のおおもとのにあるのは It's (a) kind (thing) of (= made by) you to give me a call. という発想です。kind of you の部分だけで「あなたによってなされた親切な行為」ほどを表わしたということです。この構文は初期近代英語期に発生しましたが、後に上記 b と平行的に異分析にさらされ、現代までに of you が後続する不定詞の意味上の主語と解釈されるに至りました。

 このように3つの構文は、完全に独立して発達してきたのであり、本来的には互いに無関係の構文でした。ところが、後世になって、3つの構文の間に「不定詞の意味上の主語」があるという共通項が「発見」され、同じ項目の下で扱われるようになったという流れです。歴史的にみれば、質問の冒頭の「不定詞の意味上の主語について質問です」という前提そのものから考え直す必要があることになります。

 c の kind of you の構文に関する歴史的な説明については、ぜひ回答者の音声コンテンツ「#91. It's kind of you to come. の of」をご参照ください。

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