幅広いアイデアを募るオープンなご質問だと思いますが、ご質問の「地方創生」の意味を正確に捉えるなら、それは止めたほうがよいというが私の回答になります。

1.「地方創生」とは

 多くの方はご存じだと思いますが、「地方創生」は新しい言葉です。その定義は使用者によって異なる、曖昧なところがありますから、経緯から整理しておきます。

 この言葉は、第2次安倍政権の地方の人口減少に対する諸施策を束ねる言葉として2014年ごろに導入されました。その直前に、「地方消滅」という言葉とともに、農村地域の人口減への警鐘と地方自治の選択と集中の必要性が叫ばれるという露払い的な仕掛けがあり、この危機に対応するために安倍政権はアベノミクスで地域も救うぜとやり始めたのが今に続く一連の「地方創生」の施策です。

 地域の人口減少が叫ばれたので、施策の最大のテーマとして「移住」が置かれ、これを促すためのさまざまなメニューが政府により提示され、一部の自治体がそうした事業に参加するという形で「地方創生」が行われています。その施策として著名なのは、自治体による移住相談、移住者のための空き家バンク、移住者への職の紹介、起業支援や起業コンテストなどでしょうか。

 国の関連機関の一部部署の地方への移転のようなものもありますが、人口への影響は小さいでしょうから割愛します。ふるさと納税も地方創生策とみなせば、かなり多くの自治体が参加していることになりますが、人や経済の移動ではなく財政の議論が大きいので今回は触れません。

 まとめれば、「当該地域への移住を促すために、中央の政府が考案し、地方自治体が補助金を得て行う、行政主導の地域の雇用作りおよび引っ越し支援策」が現在の「地方創生」です。ここに「その地域の政治家と有力者、一部の官僚、東京の広告代理店や何とかコンサルタントにとって都合のよい」とでも付ければ意味がよりはっきりしそうでしょうか?

2.政府、行政主導の「地方創生」の実態

 さて、行政に(公務以外で)継続的な雇用を地域に生み出す能力がどれほどあるでしょうか。行政が引っ越してきてくれと言って、東京などの大都市圏から引っ越してきてくれる人はどれくらいいるでしょうか?

 行政が作って継続できる民間の雇用は、おおよそ民間が先に作っているはずでしょう。それが継続的な利益になるものなのであれば、民間の経済主体のほうが役場の役人より敏感なはずですから。

 地方から大都市圏に移住した人は、何らかの理由や目的があってそこを出て、大都市圏に住む理由や目的を見つけて定住している人たちです。そういう人たちが、空き家を紹介したり、相談に乗るだけで、仕事や家族を捨てて引っ越してくるわけがありませんよね。

 移住希望者は、仕事(解雇や倒産など)や家族(離婚など)などの人生上の都合で大都市圏に住む理由がなくなった、あるいは結婚や介護などでその地域に戻る理由ができた人々が多いと思います。そうした人々は、もともとそう多くはなく、かつ「地方創生」以前から存在していました。UIJターンという言葉は昔からあります。

 それでも、「移住者」が増えているニュースをよく耳にするとお感じかもしれませんが、これは今までも存在していたUターン等の人々に「移住者」というタグをつけ始め、制度の認知度向上とともにタグを付けてくれる人の数が増えているだけに過ぎません。図1の秋田県の例のように、増えたと報じられている「移住者」の総数自体、転出入者数に比べてかなり少ない数です。

 このあたりのデータのからくりは、拙著『データ分析読解の技術』(中公新書ラクレ)で論じていますので、ご興味があれば。ともかく、移住者数というKPIからしてどうしようにもないことから、今の「地方創生」がいかにダメかってことがよくわかると思います。

3.「地方創生」は徒労と疲弊を広げるだけ

 念のためフォローしておけば、たとえば起業施策の全てがダメとは言いません。成功したと宣伝されているうちのいくつかは、継続的な利益を生み出し地域に根付く雇用となっているとは思います。とはいえ、そうした局所的な成功例は地方創生の成功を裏付けるものではありません。自治体から流出する毎年何百人もの人口を補填するには、焼け石に水であることは間違いないでしょう。

 こうした起業の実例紹介を見ると、地域の産品あるいはそれを使った製品をオンライン販売する、みたいなものが多いように思います。地域の産品のところに特色はありそうですが、だいたい他地域でも作っているものです。似たようなものを似たようなパッケージで売る「起業」は早晩飽和しますし、その地域であることに優位性が無ければ競争で負ける可能性が高いでしょう。島根でパクチーを作れるなら、市場に近い茨城で作ったほうが、ということです。

 そして、仮に今やっている起業促進策、移住策に効果ありとしても、全国で移住者の総数が増えないなら、全国の地域で奪い合いになるだけです。当然、全体では「創生」にならず、徒労と疲弊が増すだけです。それにもかかわらず、多くの自治体で地方創生を頑張っているように見えるのは、政府から予算がもらえるからですし、やらないと他の地域に「負ける」からです。

 国家予算を使って行われる移住者獲得をめぐるゼロサムあるいはマイナスサムのチキンゲームが、今の「地方創生」なのだと言えるでしょう。

4.「地方創生」で地方の人口流出は止まらない

 政府と地域の行政主導で行われる「地方創生」が失敗する根本の理由は、なぜ人は引っ越すのかを整理して考えるとよくわかります。

 人口学の基本ですが、人の移動(移住)という結果を引き起こす要因は、発地側のプッシュ要因と着地側のプル要因に分けられます。たとえば、ある地域から職が無いので人が出ていくとすればそれはプッシュ要因、その人がある地域で職を見つけて移住したらそれはプル要因です。このように、発地側と着地側の双方に要因があるという意識がここでは大事です。

 現在の日本の人口移動は、地方から大都市圏に移住することが多いことが特徴で、これを緩和するために「地方創生」が行われています。この「地方創生」は、一度人が出て行った地域に人を呼び戻す地方側の政策です。個人の動きで見れば東京生まれの人が地方に行くような場合もありますが、人口の動きを集合的に見れば図2に示すように人の行きと帰りで4つの要因が関わることになります。

 このように見たとき、基本的に「地方創生」は図2に示した1から4の要因のうち4にのみに関わる政策だと理解できるでしょう。仮に「地方創生」が人々の地方への移住意欲を強く促す魅力的な政策だったとしても、大都市圏から移住しようという3のプッシュ要因が弱いなら大した効果は望めません。

 そして、根本的には地方から都市への移動を弱めなければ、大都市への人口の過集中は止まらないでしょう。つまり、1から4の全ての要因について策を練らなければ、大都市圏への人口の継続的な集中を抑制する十分な効果は得られないわけです。

5.「地方」へのこだわりが問題の理解と解決の邪魔をする

 前節の議論を踏まえると、4つの要因に作用するような政策を立案し実行できれば、東京などへの人口と経済の過集中を緩和できる可能性が出てきます。そしてこれは、地方側で人口を呼び込む「地方創生」にこだわっていては不可能でしょう。政策の対象を「地方」なるものに置いた時点で、そこから転出する/した個々の人々の利益や人生設計を十分に考慮できないことは明らかだからです。

 「地方」でも「東京」でも、単なる地域的な範囲を示すに過ぎないものを、何らかの主体であるかのように表現する言葉遣い自体、本来おかしなものです。仮に地方に困っている人が多いとしても、救うべきは「地方」でなく、それら個人のはずです。実際、「地方」を救えと言っている人が得たいのは、本人は気が付いていない場合も含め、結局は自分の利益でしょう。

 念のため述べれば、自己利益追求が悪というわけではありません。ただ、地方のため地方のためと中央に依存しつつ、自らの「苦境」を中央に責任転嫁し続けている政治・行政の実態が、結局は「苦境」を再生産しているようには見えますが。

 人口の流出が、そうした「地方」の自業自得でしかないのなら、創生と名を変えたところで地方救済政策に理はありません。多くの人々が、地方居住がもたらす各種の苦難から自らを救済するために地方から大都市に移っているのだとすれば、それ自体が解決策であるし、したがって「地方創生」なんか必要ないわけです。このとき、都市から地方へ人口を無理に逆流させたとしても、幸せな結果をもたらさないでしょう。

 まわりくどくなりましたが、「地方」ではなく、個人、特に地方から大都市圏に出る人々の利益を考慮して政策を設計するなら、地方からの人口流出、あるいは大都市への人と経済の過集中を緩和することもできるでしょう。日本社会の現状を見て、私自身もそれをすべきだと考えております。

 長くなりましたので、そうした具体策について考えたいという方がいれば、質問をいただければと思います。繰り返しますが、「地方創生」なるものは実現を目指すべきではないというのが、私の回答です。

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