僕はかねてより洋食好きを表明していますが、その気持ちが本物なのかどうかは、時に自分が疑わしくなることもあります。もちろん「素敵で美味しい」「衰退してほしくない」と考えているという部分は、質問者さんと全く同じなのですが。

洋食には、クラシックフレンチを始めとする古典的な西洋料理の残り香がある。これがズバリ、僕が洋食に惹かれる最大の理由です。そこに加えて、そういうものが原型のままでは日本人に受け入れられなかったから、食材の置き換えやコストを抑えるなども含めて大胆なローカライズが施行されてきた、そんな歴史のロマンです。

だから僕は洋食屋さんでは、メニューを見ただけではどんな料理かわからない料理を優先して選びます。そこには残り香や歴史が色濃く残っていることが多いからです。ミヤビヤ、スカロップ、メキシカンサラダ、チャプスイ、コキールロール、ミラネーゼ、そういう耳馴染みがなく、何が出てくるかが(一般的には)予想もつかないような洋食を、僕は「謎洋食」と名付けました。

僕が一番求めているのはそれなのですが、ほとんどの店には(特に東京では)そういうものが存在しないことがほとんどです。なのである意味「仕方なく」カツレツやタンシチューなどで手を打つことになるのです。

 

『おそうざいふう外國料理』(暮しの手帖社)という50年以上前の古い料理本があります。タイトルだけ見ると外国の料理を家庭のお惣菜風にアレンジしたものに見えますが、実は違います。少なくともそこの西洋料理パートは、あくまで当時の西洋料理から日常の家庭料理としてもなんとか導入可能なものを「抜粋」したものなのです。

最近改めてこの本を熟読する機会があったのですが、その時気付いたことがあります。自分が「洋食」に求めているものはまさにコレだ! ということです。もしこの本に出てくるような料理がそのままメニューとなっているような洋食屋さんが実在したら、僕はもはやそこ以外に行く理由を失うだろう、と。

 

実のところ、衰退しているのは洋食ではなく「洋食屋さん」です。洋食自体はむしろ拡散して浸透しきっています。しかも近年は、日本人の食の保守化傾向が追い風にすらなっています。ハンバーグ専門店はやたら増え、オムライス専門店やロメスパは根強い人気で、カツレツから派生したとんかつはますます進化を遂げ、クリームソーダはトレンドフードにすらなりました。そして洋食はファミレスにもあり、カフェにもあり、冷凍食品の定番でもあります。

確かに洋食屋さんで食べるそれらは、西洋料理の残り香や歴史のロマンが、より濃密に漂います。しかしそんな部分を重視する人なんてほとんどいません。だから洋食屋さんは「ノスタルジー」や「安心感」に頼りきって営業せざるを得ません。

洋食のほとんどは工場での大量生産に向いていますが、逆にいうと店単位ではコストがかかりすぎるということでもあります。老舗の有名店はその看板の威力で相応の価格を付けることができますが、街場の店の多くは「年金で営まれる店」「家賃の発生しない店」というバックボーンでなんとかしのいでいます。未来があるはずもありません。そもそも誰も継ぎません。ノスタルジーに頼り切って、オムライスなどのたまたま現代の最適解に合致するメニューだけに絞ってやりくりしているだけでは何も変わらないでしょう。そして変わる必要もないのです。当代の店主たちは自分の代で(そう遠くない先に)店を閉めることを既に決心しています。

じゃあ最適解に背を向けて、「謎洋食」で勝負すればいいかというと、それもまた無理があります。実は僕はかつて、そこで勝負しようと立ち上げた洋食店を大コケさせてしまった黒歴史があります。ワンチャンあるとすれば、そういうことをもっとうまくやれる人が現れることですが、限りなく希望は薄いでしょう。

 

『おそうざいふう外國料理』の世界観に最も近い店は、目下のところ「ロイヤルホスト」だと思っています。コスモドリアは典型的な謎洋食です。

また、それと同じかそれ以上の価格帯で、それを原資に高品質な料理を提供し続けている老舗には、繁盛し続けている店もちらほらあります。「たいめいけん」が代表的ですかね。ただしこういった老舗繁盛店は経営的にもしたたかなので、一般的に売れない「謎洋食」はメニューからとっくに排除していますが。

だから僕はもはや、そういう店だけでも残ってくれたらそれで良し、と半ば諦めてもいます。街場の個人店にも、店主がまだ若く、しばらく続きそうな店も多少はありますし。

そして『おそうざいふう外國料理』的な世界の復活は、洋食屋さんにはもはや期待できませんが、フレンチビストロというジャンルならワンチャンあるかもと密かに期待してもいます。

2023/07/26投稿
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