冷製パスタの草分けは、山田宏巳シェフの「トマトの冷製カッペリーニ」と言われています。(ちなみに"ッ"の位置は原典に準拠していますので、ッ警察の人も今回は見逃してください)
その山田シェフがある時こんなことをおっしゃっていました。
「あの冷製カッペリーニは、味付けじゃなくてオイルで食わせる料理なんだよ」
これを聞いて僕はものすごく納得しました。つまり、塩を増やしたところでおいしくなるわけでもないし、補助的な調味料をいろいろ入れるのも本来目指すおいしさではない、ということです。あえて意訳すると、もの足らない味かもしれないけどその物足りなさを楽しめ、と僕は解釈しています。
そしてそれは実際、ものすごくおいしい料理です。オイルで食わせる、という感覚もとてもよくわかります。そもそもトマトは塩を付けてかぶりつくだけでおいしいのだから、それを麺と合わせておいしくないわけがありません。
しかしそのおいしさとは、あくまでプリモピアットとしてのおいしさなんですよね。前菜か肉料理、もしくはその両方とドルチェ、そういう一連の流れの中で輝く料理です。
しかし日本では一般的に、パスタをラーメン同様の「一皿メシ」にしようとします。その一皿だけでも充分満足できる料理に昇華させようという圧が常に働くわけで、すなわちこれが日本におけるパスタ料理のローカライズのキモです。
一皿で満足する冷製パスタを「創作」することは、そう難しくもありません。冷やし担々カペッリーニでもいいし、冷しゃぶ胡麻だれカペッリーニでも、冷やし明太カペッリーニでも、要するに「台替え」でなんとでもなります。
実際夏場にそんな感じのものを提供するサービス精神旺盛なイタリア料理店もあります。しかしそこにはどうしても「胡散臭さ」が漂ってしまいます。
イタリア料理のローカライズにおいては「節度を守る」、つまり「本場の味ですよと言い切ってもそれがギリギリ通る」みたいな範囲に収める圧も働きます。そこにおいて冷製パスタはなかなか不利かもしれませんね。