いつも楽しく拝読しております。

四国に住んでいるのですが、年末に縁あって関東出身、関東在住の方とお付き合いする機会を得ました。お付き合いというのは文字通りのそれです、つまり遠距離です。貯金を切り崩しながら月に2度くらいお互いの住んでいる土地を行き来し、経験上今しか味わえないはずのウキウキ感を満喫しています。お互いそろそろアラフォーになろうとしています。

その相方が先日遊びにきてくれて、一緒に魚の美味しい居酒屋へ行きました。季節は春で、本日のオススメは「かつおの塩たたき」でした。とりあえずマストかなと思って頼んだのですが、相方がしばらくするとおもむろに、その「かつおの塩たたき」にベッタリと醤油をつけて食べ始めたのです。

前々から「この人、何にでも醤油をかけるなぁ」と思ってはいたのです。フライにウスターソースではなく、醤油をかける人がいるというのは知識としては知っていたのですが、実際に目の当たりにする機会は初めてでした。タルタルがそえてあるエビフライや、しっかりと中身に味がついているカニクリームコロッケにも、「わざわざ」お店にお願いして醤油を出してもらうレベルで相方は醤油厨です。私はしっかり塩味やうま味を感じる料理にも、相方がいちいち醤油をかける意味が始めは全くわからなかったので、しばらくしてから理由をききました。すると相方は「味変だよ」と答えたのです。

味変?・・・はて?確かに最初の味からは変わりますが、それらは全て醤油味になるのでは・・・?などと思った次第です。

件のかつおの塩たたきも、そのままで十分に塩味を感じる塩の振り加減で、藁焼きの香ばしい香りに加えて地物の柑橘をたっぷり絞って食べると、とても美味しい一品でした。量も2人前ではなく、2人で一皿を注文したので、飽きるほど何切も食べたわけではなく、寧ろもう少し食べたいと感じるくらいで、私には味変する必要が感じられませんでした。

わざわざ塩たたきに醤油をベッタリつけて食べる相方を見ると、何というかこんな美味しいたたきを出してくれたお店の大将にも申し訳なく感じてしまいました。ちなみに醤油は最初の時点でわざわざ声かけして出してもらっていまして、これもまた何というか、元々カウンターに醤油を出していない類の居酒屋だということなのです。

私は、この何の料理にでもとりあえず醤油をかけて醤油味に味変するという相方の行為に、今後どのように向き合っていくべきでしょう?周りの人たちはコロッケに何もかけていなかったので、料理の味が薄い可能性は無いとして、相方は醤油が好きなのでしょうか?それともただ単に手癖なのでしょうか?とりあえずビールみたいなもんなんでしょうか。人それぞれ好みの問題なので、尊重し、放っておくしかないのでしょうか?ちなみに言うまでもないかもしれませんが、私は外食することや美味しいものを食べることが大好きです。どう折り合いをつけたらいいのでしょうか、このままでは初期のウキウキ感も急速にしぼんでしまいそうです。

いろいろなものに卓上で醤油をかけて食べる、というのは日本食ならではのスタイルですが、関東地方では特にその傾向が強いのは確かなのではないかと思っています。相方氏はその中でもそれがより撤退している、さしづめ「醤油民」なのでしょう。

醤油民の醤油使いには、僕もこれまでずいぶん驚かされてきました。塩サバに醤油をかける、塩鮭にかける、漬物にかける、カレーにかける……。しかし僕もすっかり東京の絵の具に染まり、だいぶその意味を理解できるようになってきました。今では、アジフライは完全に醤油派に鞍替えするに至りました。なんならとんかつも醤油で行けそうな気がします。クリームコロッケまではまだだいぶ距離がありそうですが。

そんな中で気付いたのは、醤油をかけるというのは、味だけでなくむしろ香りの効果が強いということです。関東トップ銘柄の醤油が特に香りが強いというのも、それを物語っている気がします。

そういう意味で、それはインド人さんにとってのスパイスと似ている気がします。インド人さんは往々にして、スパイスが入らない料理を「味がない」「おいしくない」と感じるようです。醤油民にとっての醤油も同じ構図で、醤油がかかった状態こそデフォルトであって、そうでないものは「欠落」である、と。

 

ここで我々日本人が陥りがちな誤謬があります。「なんでもスパイスまみれにしてしまうインド料理は、素材そのものの味わいを大事にしていない」というものです。しかし正直、こんなこと言う人がいたら恥ずかしいと思います。見識が浅いという前に、差別的だからでもあります。

醤油に関しても同じです。何にでも醤油をかけるのは「味音痴だから」と考えるのは明らかに間違っています。これはスパイスの話と同様の思い上がりです。少なくとも質問者さんの中に少しでもこのような考えがあったとしたら、それは確実に問題の解決を遠ざけることになるでしょう。

 

塩たたきに醤油をかけるのは、あくまで醤油民基準で言うならば、食への執着の欠如だと思います。これもまたいつも言うようにそれが普通なのであって、執着が強い方が異常であるということは念頭に置く必要があります。

醤油民にとっての「醤油をかけないという行為」は、言うなれば、「ダブチーからあえてケチャップを抜く」というのと同じ構造になっています。つまり周縁的・変態的な行為です。おいしすぎないようにコントロールしておいしさの多様性を楽しむ、というのは僕や質問者さんにとっては当たり前かもしれませんが、それは世間の当たり前ではありません。なのでこの問題は、実は、僕の質問サイトで頻出の「食に対する興味の強さや保守性の温度差」の話に他なりません。それをどうするかは外野がどうこう言う話ではないので、これだけにしておきます。

 

あと付け加えるならば、家ではともかくも、お店で食べる時のお店の人からの目線の問題がありますね。「何にでも醤油をかける」は、残念ながら、作り手を傷つけてしまう可能性が高いです。お店とお客さんは、互いが尊重し合うことが望ましい、ということは上手に教えてあげてもいいのではないかと思います。こういうことを先輩から叩き込まれることの少ない現代において、未履修の人が自力でそこにたどり着くのは案外難しいことですからね。

2024/05/19投稿
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