私は日本漢学の研究者でないので、直接的にお答えすることには躊躇します。中国の例を中心に説明するということで、勘弁してください。

 現在、中国中世時代(三国〜隋唐)における「学び」というテーマで、一般向けの書物を執筆中です。当時の人は、まず子ども時代、『急就篇』という識字書で字を学び、それから『孝経』『論語』を(さらに『詩経』を)学習したようです。これは、中国生まれの仏僧や道士も同じです。史料にしばしば見られます。これらは、教科書と言ってもよいでしょう。

 梁の時代に『千字文』ができると、段々と『急就篇』に取って代わったようです。また、唐に『蒙求』という初学向けの本ができるとこれも使われました。後者は、字や言葉を学ぶより、故実を学ぶ書物です。

 敦煌遺書からは学生向けの教科書類が複数出ており、上記の『千字文』『孝経』『論語』等以外に、『太公家教』などの通俗類書があります。これも初学向け教科書でしょう。詳しい説明が、

伊藤美重子『敦煌文書にみる学校教育』(汲古書院 2008.12)に見えますので、ご参照ください。

 さて、奈良平安の日本ですが、大体、中国の唐代と共通するところがあるのではないかと思います。『千字文』『孝経』『論語』『蒙求』はよく使われたでしょう。木簡や漆紙などに残った文物があります。また、太田晶二郎氏に「勧学院の雀はなぜ蒙求を囀ったか」という有名な論文があり、当時、中国語で『蒙求』の音読がおこなわれていたことが分かります。『太田晶二郎著作集』第一冊(汲古書院、1991年)、所収。

 五経や『文選』といった、大人の読む典籍は、教科書といってよいのかどうか、分かりません。まあ、学習対象ではあるので、教科書と言えば教科書でしょう。

 日本で特色のあるものとしては、『遊仙窟』があり、これは初学向けではないのですが、青年が、エロティックな動機を利用して語学力をつけようとした点では、教科書といえなくもないかと思います。岩波文庫『遊仙窟』などをご覧ください。

 ほかにも、いろいろとあると思います。「幼学の会」「幼學會」の名称で活動なさっている研究者もおられるので、図書目録を検索してみてください。

 最後に、事前の宣伝になりますが、我々が準備中の「中国中世の学び」シリーズ(全6冊!)も、ぜひご期待下さい。

 

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古勝隆一 (Ryuichi KOGACHI)さんの過去の回答
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