エントロピーって「乱雑さ」と関係するとか思っている人が多いですよね。僕が熱力学の講義をするとき、最初の時間に「エントロピーってなんだと思う?」って訊くと物理学科の学生さえみんな「乱雑さ」って答えます。
でもね。エントロピーって意外かもしれないけどもともと、乱雑さとは何も関係なくみつかったものなんです。専門的な難しい言葉をつかうとエントロピーって「断熱系の準静的な変化では保存する量」ということになります。断熱ってようするに熱のやりとりがないことですね。力学とかでも摩擦を考えないとエントロピーは関係ないですが、摩擦を考えると熱が発生するので途端にエントロピーが関係してきます(が、普通の力学の教科書で熱が発生したらエントロピーと書いてあることはまずないです)。準静的っていうのは、すごくゆっくり変化する、という意味だと思ってもらえば大体当たっています。
エントロピーの大切な性質として、孤立した系では減少しない(準静的な変化じゃない場合は増大)というものがあります。いわゆる有名なエントロピー増大則ってやつですがちまたで言われているエントロピー増大則は孤立していない系でも間違って使われていてよろしくないです。エントロピーが増大している時、乱雑さが増大しているということは科学の発展的には後付けでみつかった話で乱雑さが増えるからエントロピーが増大するというのは因果関係があべこべです。むしろ「孤立系ではエントロピーが増大する」の方が本質的なんです。これ自身がエネルギー保存則みたいな宇宙の大原理で何か他の法則から説明できるようなものじゃないと今のところはされています。
でも、エントロピーって言葉はいまは物理より情報で使われるくらいでエントロピーが乱雑さと関係してないって言われると困るかもしれません。でも、安心してください。情報エントロピーが物理のエントロピーと等価だということが実験的にもわかってきました。つまり、コンピューターの中で情報が蓄えられた状態(乱雑さが少ないのでエントロピーが低い状態)とコンピューターの中でメモリーがリセットされた状態(乱雑さが多いのでエントロピーが高い状態)とのエントロピーの差を実際に力学的にエネルギーを加えて埋める必要があることがわかってきました。
なのでご依頼の「理解するために有益そうなことを教えて」には当てはまってないのですが、エントロピーとは皆さんが知っているものでは「熱」に一番近くて、熱のやり取りがなくても孤立系では勝手に増える、そしてそれはコンピューターの中のメモリーの情報エントロピーも含めて熱的なエントロピーだということです。そういう意味ではエントロピーは乱雑さっていうのはエントロピーの本質を外した(限定的な)理解だと思います。物理学者がエントロピーを発見したときには原子の存在さえわかってないのでそもそも微視的な乱雑さでエントロピーを定義できたはずなんてないんですから。