■ 「文系」「理系」の区分は大学内にはない

 加納学先生がおっしゃるように、そもそも「文系」と「理系」の区別は、何を目的に何を根拠にして成立しているのでしょうか。

 大学は各学部でそのような区分をしているでしょうか? 大学の学びの中でそのような用語を使っているでしょうか? 否、もともと大学内部には「文系」「理系」の枠も概念もなく、ただ各研究領域に必要な学問があるだけです。

■ STEAMは期待というより必須

 最近の研究領域は複数をまたがる学際的なものが多く、専門とする学問分野以外の知見を必要とする問題も増えています。たとえば、言語学における計量言語学、教育学における教育測定やテスト学など、入試上は文系に区分される学部・学科でも実際に学修と研究を進めるには数学(特に確率・統計)の素養が必須です。経済学でも、いまやモデル計算に数学の知識は必須であり、それを大学入試できちんと求めたのが早稲田大政経です。

 教育学でいえば、近年「デザイン」という用語の導入が目立ちます。芸術領域の用語であったデザインは、ユニバーサルデザイン等の議論を経て今や「人を自ずと好ましいほうへ誘導するもの」と捉え直されていて、この考え方が、教育学ではカリキュラム論に援用されています。

 日本の義務教育では戦後、国・社・数・理・英・音・美・保体・技家、加えて「総合的な学習/探究の時間」に「特別の教科道徳」など、非常に幅広く、あらゆる科目を必修としてきました。また大学にもかつては一般教養の科目が存在し、全人教育が重んじられていました。あらゆる学際領域が越境し合い、知が分有される今の時代にこそ、日本の教育の幅広さは長所として見直されるべきでしょう。

 人間が各自の専門を深掘りして知を創造するには、子どものうちにいろんな興味のスイッチを押して間口を広げる公教育の取り組みが大事です。それなのに、現在の高校教育・大学入試のあり方は、そうした幅広さを砂時計のように途中で極端に狭めていないか……。「STEAM教育の可能性」は、わが国ではこのような問題として捉えるべきであろうと思われます。

■ 「文系」「理系」は大学入試上の区分

 ではなぜ、早稲田大政経の入試で数学が必修となったことが、ニュース価値をもつものとして話題になったのでしょうか。そこには、私立大学入試の運営上の問題があります。

 国公立大学は、共通テスト5教科7科目を受験し、そのうえで各大学の指定する科目について2次試験を受験する仕組みになっているのに対し、私立大学の大半は3科目か2科目の受験で済んでしまいます。

 したがって進学実績を求められる高校側も、高校生の大半が在籍する普通科ではクラス編成を文系コースと理系コースに分け、国語・英語・地歴公民か、英語・数学・物化生地か、どちらかに時間割を多く振り分けて大学入試に対応します。

 要するに文系・理系を分けている元凶は、私大入試の科目設定にあるのです。

 早稲田など人気の高い伝統校は強気の入試改変が可能です。しかし、その他の多くの私大は受験生に来てもらう必要上、今後も科目数を減らして大勢に受験してもらう必要があります。その一方で、減らしすぎると入学後に大学教員も学生自身も困るため、今の2~3教科入試がやむなく続く形で事態が膠着している現状にあります。

■「文系」「理系」の枠をなくすには

 「文系」「理系」の枠をもし入試からなくすとしたら、この先のシナリオは三つです。は既に取り組まれていますが、は実現性に乏しく非現実的に思われます。

●1 「総合的な探究の時間」の成果や実績の評価によって合否が決まる入試制度の普及

 関東では普及が進んでいますが、関西ではそうでもないようです。「探究」にこれまで本腰を入れてこなかった多くの高校に、大学ゼミの高校版のようなことに新たに取り組んでもらうには、大学は一方的に生徒や先生に努力を求めるのでなく、大学側こそ、知的資源や方法論について高校側を支援する覚悟と体制づくりが求められるでしょう。

●2 すべての私大入試での5教科7科目の共通テスト受験義務づけ

 この30年で大学進学率が向上し、専門(職業)学科の高校からの大学進学も相当増えている実状からすれば、こうした強硬策は受験生の多様な学習歴を否定し、自由な私立大にまで一律に枠をはめ、受験生と先生に過大な負担を強いる結果しか招かないとして、社会から賛同を得られない恐れが高いでしょう。

●3 総合問題の私大入試への一斉導入

 私立大が入試科目数を増やせないなら、科目を超越した総合問題を入試に課す策が浮上します。ただし、問題の質担保が難しく、また、もし単位時間当たりの正解数で受験生を競わせるなら単一領域のシンプルな出題が最も正確なので、そもそも時間制限式ペーパーテストに総合問題を導入する発想自体に矛盾があるともいえます。

2023/03/05Posted
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