橋本 省二:フーリエ変換って魔法ですよね。フーリエさんにはノーベル賞10個くらい差し上げたいくらいです。ナポレオンの時代の人ですから無理なんですけど。
実空間と波数空間はフーリエ変換で移り合うわけですが、どちらをより「自然に」感じるか、あるいはどちらをイメージしやすいかは場合によるようです。音楽を聴くときはハーモニーとして響く一つひとつの音を聴き取ることができます。それを重ねれば美しいハーモニーになる。間違っても実空間のスピーカーの細かな振動を見て音楽を感じたりはしません。これは波数空間のほうがよりイメージしやすいという例です。一方で、水面に立つ波ではどうでしょうか。ある点を見ると水面が上下をくりかえすだけなのに、全体を見ると波が伝わっていく様子がわかる。雨粒が落ちて水面に輪が広がっていく様子はいつまで見ていても飽きないですが、波数空間に移るときっと味気ないことになっているでしょうね。
固体のバンド理論の話でした。原子が規則正しく並んだ固体の結晶があり、その中に電子が漂っている。波数空間に移ってみるとバンド構造が見えてきて、金属と絶縁体の区別がはっきりとわかる。この場合は波数空間のほうがイメージしやすいようです。なぜこんなことになっているんでしょうか。鍵は電子が隣の原子に移る速さにありそうです。電子は格子状にならんだ原子がつくるポテンシャルのなかを走るわけですが、高速で走り抜けるおかげで個別の原子というよりも長距離にわたって続くポテンシャルを平均したものを感じることになるでしょう。あるいは長距離にわたるポテンシャルの変化です。これはつまりフーリエ変換のことですね。個別の原子の横を通り過ぎる電子を考えるとめちゃくちゃだけど、長距離を走ったときの平均的な様子を見るとある性質が見えてくる。やっぱりフーリエ変換は魔法なんです。