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ご質問を読んでいると、「会話を楽しめそうもない人と、会話を心から楽しみたい」という無理で無茶な願いを抱いているように感じます。そしてまた率直に申し上げますと「会話を心から楽しむこと」を求めているというよりは、「自分の器の小ささを感じずに済む方法」を求めているようにも聞こえました。

反応を欲する人の振る舞いを通して、自分の狭量さを見せつけられるのが不愉快なのは理解できます。そしてその自分の感情をケアするだけでエネルギーが消費され、相手に対するケアができなくなるのも理解できます。

ただ、率直に申して「器の大きさ」のようなものは、発想をちょっと変えたくらいではあまり変わらないと思います。発想をちょっと変えることで対処できるのは、もう少し表面的な、テクニカルでプラクティカルな回避策のようなものだと思いますよ。

具体的にいうなら、「すごい」のようなポジティブな受け止め方までできなくても、「そうなんですか……」のようにニュートラルな受け止め方を試みるような言葉の上での対処法のことです。強い不快感を覚えているにもかかわらず、不機嫌な様子を見せずにニュートラルな受け止め方をするだけでも、十分すごいことだと思います。

相手を褒めたり、話を盛り上げたり、心から会話を楽しむまで行かなくても、相手の話を聞いてあげるだけでも相手に対して配慮していることになります。やや逆説的ではありますが「自分はこんなにイラッとしながらも、相手の話を聞くことができているんだ!」という意識を持つことで、自分の不快感が軽減される可能性はありそうです。

ところであなたのまわりにはそのような「構ってほしがる人」が複数人いるのでしょうか。それとも誰か特定の個人がいるのでしょうか。もしも特定の個人の場合には「構ってほしがる人」のような一般的な話ではなくて、その人との個人的関係も少し見直した方がいいかもしれない、などとも思いました。もっとも、それは私の勝手なイメージですけれど。

以上、感じたことを率直に書きました。気に障る部分があったらごめんなさい。

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結城浩

EngineerWriter

本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。文章を書くこと、学んだり教えたりすること、プログラミング、数学、人と人とのコミュニケーションなどに関心があります。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。アマゾンの著者ページは https://link.hyuki.net/amayuki にあります。なお、私は数学読み物を書いていますが、数学科出身でもありませんし、数学の研究者でもありません。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。〔ゆうき・ひろし〕