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はい。私は『数学ガール』という数学物語を日常的に書いていますが、その登場人物たちは私が前もって想像していなかったような動きをすることが頻繁にあります。

もともと私はあまりプロットを立てずに書き始めます。舞台を用意して、登場人物たちに題材を提供したあとは、彼女たちが動くようすをていねいに観察し、議論に耳をすませ、それを文章に書き留めていきます。

もちろんある程度は「こういう題材を提供したならば、この人はこういう反応をするだろうし、それに対してこの人はこんな反論をするだろうな」という見込みは立てます。立てるのですが、おうおうにしてその通りには話は進みません。登場人物が途中で思いも掛けない疑問を抱き、それを話したがります(というか話し出します)。なので、私としてはそれを書き留めるしかありません。

登場人物の意志を無理に押しとどめたり、自分が当初考えた筋に落とし込もうとしたりするならば、多くの場合、物語の方が破綻します。もしくはぜんぜんつまらないものになります。

その原因はいろいろ想像が付きますが、原因の一つは、作者の意志が前面に出てしまうならば、作品の中にいるのが「作者一人」になってしまうからだと思います。作者が制御し過ぎると、登場人物はたくさんいるように見えるけれど、各人は意志をもっておらず、ただ作者の「あやつり人形」のようになってしまうのです。

ということで、あなたのご質問に対しては「はい。しょっちゅうです」という回答になります。

なお、このような現象については自作の執筆について書いた『数学ガールの誕生』という以下の本にも書きました。

『数学ガールの誕生』https://birth.hyuki.net/

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結城浩

EngineerWriter

本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。文章を書くこと、学んだり教えたりすること、プログラミング、数学、人と人とのコミュニケーションなどに関心があります。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。アマゾンの著者ページは https://link.hyuki.net/amayuki にあります。なお、私は数学読み物を書いていますが、数学科出身でもありませんし、数学の研究者でもありません。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。〔ゆうき・ひろし〕