小川仁志:人を好きになることについて、哲学の世界では古くから論じられていますね。例えば『饗宴』の中で著者のプラトンは、師のソクラテスを登場させて、本当の愛について語らせます。そもそも人間は死すべき存在であるがゆえに、永遠の理想としての完全なものを求めるというのです。その情熱こそが愛の本質にほかならないというわけです。プラトンはその情熱をエロスと表現しています。エロスというといやらしいという意味だと思っている人が多いですが、これこそ理想を追い求め続ける純粋な気持ちなのです。つまり、叶わないとわかってはいても、誰かを好きになり、その人を追い求めるのは、私たちの心の中に理想を求める性質が宿っているからだということになります。もっというと、それは生きる原動力のようなものなのだと思います。たとえ対象が人ではなくても、あるいはそれが狭い意味での恋や愛という感情でなくても、さらにはそれがどの程度であったとしても、理想なるものを求めるからこそ、私たちは前に進もうとするのではないでしょうか。