「小説で比喩を用いるときに注意していること」というご質問ですね。私が書いているのは数学物語なので、必ずしも「小説」というくくりは適切ではないと思いますが、回答してみます。

と思って少し考えたのですが、比喩だからというわけではなく、文章全体で気を付けるようなことばかり思い付きます。たとえば、「何度も読み返してしっくりくるかどうかを確かめる」や「本当に表したいことがその表現で表されているか」といったことです。

比喩でありがちな失敗だと私が思うのは、トーンや空気感をはき違えたものです。たとえば、透明感のある雰囲気を描こうとしているときに、ガチャガチャした印象を与える比喩を用いる失敗のことです。しかしこれもまた「何度も読み返してしっくりくるかどうか確かめる」ことで検出できそうな失敗ですね。

質問の中にある「異様に長い比喩」や「しつこい比喩」となると、作者の独り善がりから生まれた失敗のように感じます。自分が作り出した比喩表現に酔ってしまって、それを書かずにはいられなくなったことによる失敗でしょう。これは《読者のことを考える》という態度で検出できそうです。

私自身はそれほど凝った比喩を作ることはできないので、比喩表現を使うとしてもごく少なく、しかも短いのではないかと思っています。比喩は、ラベンダーオイルの一滴と同じで、ほんの少しで十分効くのです。

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ところで具体的に自分の作品で比喩表現って出てきたかなと調べてみると、意外に見つかりました。その多くは「数学的な構造を描くため」に使っているようですね。もう少しいうならば「数学的な構造を理解したときに『なるほど!』と感じてもらうため」に使っているようです。

たとえば、『数学ガール』では1の三乗根(1, ω, ω²)を「ωのワルツ」と表現していましたし、『数学ガールの秘密ノート/複素数の広がり』では、共役複素数を「水面に映る星の影」と表現していました。

 * * *

◆『数学ガール』

https://www.hyuki.com/girl/euler.html

◆『数学ガールの秘密ノート/複素数の広がり』

https://note13.hyuki.net/

2021/12/06Posted
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