小田部正明 (Masaaki Kotabe):三菱重工が製品開発・マーケティングの経営の失敗ばかりでなく、航空機市場の理解に欠けていたことが理由だと思います。
第1に、良くニュースで広く報道されているのは、何度も試作品を試験飛行した結果、問題が次々と出てきてMRJの製品開発が思ったようにスムーズに進まなかったことです。勿論、理由の1つとして、三菱重工はボーイングなどに旅客機用の主翼や機体のサプライヤーとして航空機開発の裏方の経験には長けているが、ジェット旅客機全体の開発は初めてなので、経験不足もあったと思います。私はここでマーケティングの問題も指摘します。製品開発部とマーケティング担当部が同じでないことによるクラシックな問題です。技術開発を担当する製品開発部が開発完了時期を予定します。その予定に基づいて、マーケティング担当部がその完了予定時期や試作品のテスト飛行等の情報をマスメディア(ニュース等)に流します。そうすることによって、事前に需要を喚起することができます。ところが製品開発が実際に遅れていることを常に認識できていないと、マーケティング担当部が正しい情報を的確に、そして適時にメディア(将来の顧客も含める)に流すことができず、需要は喚起できても製品が提供できないという会社としては致命的な失敗になることが良くあります。三菱重工はこの問題を経験しています。
第2に、主な市場であるアメリカの主要航空会社(AmericanやUnited等)のハブアンドスポーク方式の顧客対策の環境の変化をうまく認識できていなかったことがMRJの失敗の理由として挙げられます。ハブアンドスポーク方式とは、主要航空会社が大型機で顧客を一度主要空港(ハブ)に集約させ、そこから目的地空港拠点(スポーク)に小型の旅客機で移動させる方式です。一般に小型旅客機は複数の地域航空会社が運営しており、それらの地域航空会社と提携してブランドを共有することにより、顧客としては、例えばAmericanで地方の空港(例えばPittsburg)
からハブの空港(Dallas-Forworth)に飛び、そこから目的地(例えばTokyo-Narita)に同じAmericanの旅客機で旅をすることになる訳です。実は地方の空港からハブの空港へはAmericanと提携している別の地域航空会社がAmerican
Eagleというブランドで顧客を移動させているだけです。三菱重工のMRJはこのスポークになる部分の旅客機の市場を狙っていました。主要航空会社のパイロットの所得は地域航空会社のパイロットの所得より4-5倍高いので、大型旅客機で多数の顧客を飛ばすことによって運営費を下げる戦略を取ります。つまり、主要航空会社は提携している地域航空会社の航空機のサイズを制限する契約を取り、大型機を低コストで実質上運営できないようにしています。生憎、三菱重工のMRJは主要航空会社とブランドを共有した地域航空会社が許可されているサイズ(重さ)より多少重くなってしまい、それをどのように対処するかで悩んだようです。サイズを多少大きくすれば、主要航空会社にとっては他の大型機と比べるとMRJは小さすぎ経済的に利用できず、サイズを多少小さくすれば、今度は地域航空会社の多くが既に使っている市場率の高いブラジルのEmbraerの小型旅客機と競争できないという中途半端な状態になってしまっていた。