小林朋道 公立鳥取環境大学 教授 動物行動学 進化心理学:あなたは、「人も含めた生命体(生物)は、現在、進化の結果として存在する」とお考えですか。それとも「人も含めた生命体(生物)は、神のような、大いなる力をもった存在がつくった」とお考えでしょうか。私は、前者のように考えているので、その視点からの答えになってしまいます。
人は無限の力をもっているのではないので、餌が少なくてエネルギーか不足がちになったり、他の、病原菌のような生物に侵入されて病気になったりすることもあります。そんな時は、気分が沈んだような状態になって、体調が戻るまで、あまり活動をせずに休んでおくほうが、平均すれば、生存の確率は高くなります(個体間で差はありますから、どの程度のことで気分が沈んだ状態になるかは個人差があるでしょうが)。それはあなたも質問の中で言われています。また、あなたは「個人的にはネガティブでいいことは一つもありません」と言われていますが、ネガティブになった状況下でポジティブになって行動することは、平均的には生存にとって不利な結果になることが多いと考えられます。
例になるかどうかわかりませんが、「無痛症」という障害があり、本人は痛みを感じません。その結果、高いところから飛び降りて何度も四肢の骨を折ったり、怪我をします。あるいは、気が沈んときにもドラッグを使えばハイになってポジティブになります。でもそのポジティブな状態で行動したら、さまざまなトラブルが起きることが多いです。
進化の結果、生き残ってその後も存在し続ける生物は、その個体が、悲しみや苦しみを感じようが、気分が沈んでしまおうが、そんなことなど関係なく、とにかく生き残ることができることに長けたものです。これは進化の仕組みを考えるとやむを得ないことです。科学的には全く問題なく説明できます。科学的に言えば、そこに、以上に述べた「自然選択(自然淘汰)」という仕組みを見出すことはできますが、「意味」を問うことはできません。そのうえで、人は、自然淘汰の結果、もつようになった脳で、少なくとも主には、その副産物として「意味」を問うようになった、と考えられます。個人的に言えば、「気分が沈むこと」は人が生き残るうえで大切なことだと思い、同時に、なぜ「気分が沈むか」をある程度、客観的に理解して(進化的に有利だから)、それを耐えることに誇らしさを感じるべきだと思います。これは、私なりの「意味」づけですが、私はそう考えて、気分が沈んだときや苦しい時を乗り越えています。