ご質問は、英語史のなかでもとても興味深い問いで、重要な謎の1つです。
ラテン語の動詞が英語に借用される際には、デフォルト形態と直感される不定法や現在幹の形ではなく、完了分詞に基づいた形で借用されるのが一般的です。英文法の用語でいえば、いわば過去分詞がそのまま原形として用いられることになるわけで、確かに妙な感じはします。
一般的な説明によると、英語では形容詞から動詞への品詞転換(ゼロ派生)はよく生じてきたので、ラテン借用語に関しても(形容詞の機能を帯びる)完了分詞で取り込み、それをそのまま品詞転換により動詞としても用いる、という慣行が発達したのだろうとされます。
例えば、英語本来語でも busy, clean, dry, empty, warm などの形容詞は、形はそのままで動詞の用法をもっています。また、フランス借用語でも、多くはありませんが clear, gentle, humble などが類例です。このような形容詞と動詞を兼任する語類が、ラテン単語借用の際に類推のモデルとなったのではないか、という説明です。
このパターンがいったん確立してしまえば、あとはラテン語の動詞を借用しようとする際に、完了分詞に基づいた形で取り込むというプロセスが半ば自動的に適用されたのだろうと思われます。例えば、ラテン語の第1活用動詞は、完了分詞が -ātus (-āta, -ātum) などとなりますが、英語にはこれに基づいた -ate という形で借用されるのが、お決まりのパターンとなりました。主に近代英語期以降、英語がラテン語の動詞を大量に借用(あるいはラテン語風に造語)しようとした際に、このような取り込みパターンが確立していると確かに便利ではあります。
上記の形容詞から動詞への品詞転換に基づくという説明は、伝統的な英語史概説書や The Oxford English Dictionary でも述べられており、よく知られているのですが、私はこの説明だけでは不十分だろうと考えています。ほかにも (1) 原形と過去分詞が同形となる cut, hit, put などの一群の動詞との関連、(2) 完了分詞の形で受け取ると音節が増えることからの韻律的な都合、(3) 対応する名詞形 -ation からの逆成、など考慮すべき点は多くあると考えています。質問者のラテン語完了分詞の頻度の高さというのも1つの視点かもしれませんね。貴重な観点の提起、ありがとうございました。
私の「hellog~英語史ブログ」や Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 でも、関連する話題を取り上げていますので、以下をご参照いただければと思います。
・ hellog 「#1383. ラテン単語を英語化する形態規則」 http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2013-02-08-1.html
・ hellog 「#2731. -ate 動詞はどのように生じたか?」 http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2016-10-18-1.html
・ hellog 「#3764. 動詞接尾辞 -ate の起源と発達」 http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2019-08-17-1.html
・ heldio 「#377. suggest, collect, direct ー なぜ英語はラテン語の過去分詞を動詞原形として取り入れているの?」 https://voicy.jp/channel/1950/338102