日本独自というほど特殊なものではないと思いますが、科学知識の未発達であった時代、共同体のなかで、その成員の健康不安に対処するために、「特定の年齢だけ注意しておけば、後は大丈夫」という安心感を得るために言い伝えられ、重視された習慣ではないかと想像します。

板橋作美氏の『俗信の論理』(東京堂出版、1998年)という本に、「妊婦が鮫を食べると鮫肌の子が生まれる」などの、妊婦の食物禁忌が論じられています(p.25-30)。厄年のことと直接関わりませんが、参考になるので、少し引用して紹介させてもらいます。

「妊婦に対する食物禁忌を全国から集めると、ウサギ・イカ・タコ・サメ・果物・南瓜など、かなりの種類になる。……逆に考えると、それ以外の食品、つまりふつうに食べてよい食品の方が多いということである。俗信が禁止食品目を列挙するのは、数の少ない方をいうほうが簡単だからである。禁止されている食品より、禁止されていない食品の方が、ずっと多いのである。……たとえそのような俗信があったとしても、禁止された食品以外で献立を考えて、十分に栄養のある食事をとることができたはずである」(同書、p.26)。

つまり、「特定の食品を避けておけば、あとはどう過ごしても安心」という具合に、妊娠期の不安を軽減する手段として、妊婦の食物禁忌があるということで、これは厄年にもある程度、同じことが言えるように思います。厄年だけ用心して過ごせば、ほかの年は安心、というわけです。

しかし、現代日本の各地においては、厄年を重視する共同体自体が弱まっていることでしょうし、厄年だけ用心すれば、あとは安心、と考えるひとは少数派でしょう。自分の健康にいくぶんかの不安があることに変わりはなくとも、より多くのひとは、健康診断を受けたり、生命保険をかけたりして、そういった不安を軽減しています。

厄年を恐れるのは、無意味で不快な陋習と思われるかもしれませんが、昔の人々の知恵としては、面白い風習であったと私は思います。

2022/02/13Posted
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