橋本 省二:高温超伝導、気になりますよね。何が起こっているのか、私も知りたいです。一方の量子色力学(QCD)の発見ですが、これにはある「飛び道具」の存在が大きかったと思うんです。そちらの話から始めてみましょうか。
湯川秀樹による核力の理論が登場したのは1935年。力を媒介するパイ中間子が実験で見つかったのはよかったけれど、その後それ以外の中間子や陽子・中性子の仲間の粒子が次々と発見されて収拾のつかない事態になりました。粒子の分類は進んで「クォーク」という仮想の内部粒子を考えるとうまくいくことはわかってきた。しかし、クォーク自身は実験で見つからないし、それがどんな力を受けるか、そもそもクォークは実在するのかも全然わからない。それが1960年代の状況ですね。ここで登場したのが「飛び道具」、つまり電子による散乱実験でした。電子は核力を感じないので陽子の中にまで飛びこんでいくことができる。電子で叩いてみると「陽子の中にはなにかいるぞ」ということになって一気に理論が進んでQCDに至ったんですね。それが1970年代のこと。核力を感じない電子という飛び道具がなかったら、陽子やら中間子をぶつける実験であれこれ想像をふくらませる他ない。それだとQCDを発見できたかどうか。できたとしても何十年かかったことか。相当難しいことになっていたはずです。
超伝導のほうはどうでしょうか。まずは普通の超伝導です。オネスが超伝導を見つけたのは1911年。それを説明するBCS理論が登場したのは1957年ですから、ここでも理論家はずいぶん手こずったことがわかります。飛び道具がなかったんですね。金属中を自由に動き回る電子が、結晶格子の振動を通じて引力を感じてペアをつくり、それがよりエネルギーを低い状態をつくって安定になるという奇想天外な仕組みでした。こういうのこそ理論物理学の華ですよね。
さて、高温超伝導。ベドノルツとミュラーによる発見は1986年。その後のフィーバーは私も物理学科の学生として体験しました。同級生たちが関係する研究室に押しかけて新しい化合物作りを手伝ってましたから。小さなすり鉢で得体の知れない粉を混ぜ合わせて焼くんです。あとは冷やして電気抵抗を測る。組成を変えていっぱい。世界中で一体どれだけの人が陶芸のまねごとに駆り出されたんでしょう。
これは銅酸化物なんだそうです。さびた銅ですね。そんなものが電気を通すどころか超伝導になるとは驚きです。銅原子のある電子軌道に入った電子が、隣の原子との間を移り合うことがある。ただしそこには先客(別の電子)がいるのでむやみに移動できない。ただし、ちょっとだけ不純物を混ぜて電子のいない場所を作ってやると動けるようになる。こうして動き出した電子だが、近づくとクーロン力による強い反発を受ける。いっぱいいる電子みんなが反発しあいながら最低エネルギー状態を見つける問題になります。実はこのややこしい相互作用のなかで実質的に引力がはたらいて電子がペアを作ることがあり、それが超伝導の原因、というストーリーになっているようです。
これをお話ではなくちゃんとした理論にするには、強く相互作用する多数の電子がとる量子力学的状態を計算して導いてやる必要があるわけですけど、理論家はここでてこずっているんですね。量子論の多体問題は難しいんです。指数的に多くの状態を考えないといけないせいです。計算機シミュレーションをやればいいと思われるかもしれませんが、扱うべき状態数が多すぎて京や富岳を使ってもごく小さな電子系しか計算できないということになってしまいます。そこから先は理論家の考えるべきことです。実際彼らも手をこまねいているわけではなく、いろんな手法が開発されて、実際に進歩しているようです。ですからそう遠くない話かもしれませんよ。「あと何年」という質問に答えるのは難しいんですけど。
でも素粒子と違って物性物理には終わりがないんですよね。化合物の種類なんていくらでもありますから。最近でも「鉄系」とか「トポロジカル」とかいろいろ言われてますよね。そのそれぞれでちゃんと理解したい、そう思うと満足できるのはいつのことやら...という気もしてきます。楽しいですね。