佐藤克文:質問者は国内でバイオロギング研究に関わる学生さんでしょうか?もしかしたら、私の研究室の大学院生ですか?「いくら探しても見当たらない」とのことですが、ざっと私自身が関わる論文を見返しただけで、いくつも具体例が見つかります。
とりあえず、バイオロギングを知らない読者を想定して説明いたします。バイオロギングというのは、直接観察が難しい海洋生物の行動や生理を調べる為に、小型の記録装置を動物の体にくっつけて放し、個体を再捕獲したり装置のみを回収するなりしてデータを得る手法のこと。2003年に第一回国際シンポジウムを東京で開催する際に、Bio-loggingという言葉を作って参加者に提案しました。その後、その言葉は定着し、数年毎に国際シンポジウムが世界中で開かれるようになりました(なみに2024年3月には第8回大会が東京で開催されます)。
バイオロギングが始まって間もない頃、研究成果を論文にまとめて投稿するとしばしばレフリーから「装置を体に付けることが、動物本来の行動を阻害しているのではないか?」という指摘を受けました。当初の装置は大型であることが多く、バイオロギングに頼らず観察を主な手段として研究を進めている人から見ると、そのような疑問が生じるのも当然だったのかもしれません。レフリーのコメントに応える形で、私達は論文の手法を説明する箇所で、装置が動物の行動に対して及ぼす影響について論じたものです。
装置の影響としては、動物を捕まえて体に装置を取り付けるという行為自体が及ぼすハンドリングの影響や、体に付いた装置により水中を泳ぐ際の抗力が増大する影響などもありますが、質問者は装置の重量について尋ねているので、それに絞って以下を記します。
重たい装置を鳥に付けた場合、空中を飛ぶ際に負荷になるはずです。例えば、オオミズナギドリという体重500〜600g前後の海鳥にジオロケータという装置をつけて、越冬海域における行動パターンと月齢との関連を報告した論文(Yamamoto
et al.
2008)では、装着に使った足輪も含めた装置の総重量は7gで、平均体重の1.2%(最小個体の体重の1.5%)であることを示した上で、「先行研究(Phillips
et al. 2003, Igual et al.
2005)によると、取り付ける装置の重さが体重の3%以下の負荷であれば、ミズナギドリ目鳥類の採餌行動や繁殖成功にほとんど影響を及ぼさないことが判明している」と記載しています。また、同じくオオミズナギドリにジオロケータをつけて非繁殖期における長期間の回遊経路を調べた論文
(Yamamoto et al. 2010)にも同様の記載がみられますが、”but see Adams et al.
2009”として、ある種のミズナギドリでは装置を付けた親鳥が育てている雛の体重に負の影響が見られたことを紹介しつつ注意を促しています。
他には、ヨーロッパヒメウという海鳥の事例を紹介します。この鳥は羽ばたき飛翔によって採餌する海域まで移動し、その後足鰭を使った潜水を繰り返して餌をとり、その後、捕まえた餌をお腹にためた状態で巣に持ち帰ることを繰り返しています。この鳥に72gのカメラをつけて採餌生態を調べた論文(Watanuki
et al.
2007)では次のような考察を行っています。「カメラの空中重量は72gでオスのヨーロッパヒメウの体重の約4%に相当する。このいくらか重い装置は鳥の採餌行動を阻害している可能性はありうる。しかし、カメラを背負った個体の潜水行動パラメータ(潜水深度、潜水時間、水面滞在時間、潜降・浮上速度)は、カメラよりもずっと小型の装置(断面積で半分、重さで22%)で測定された値と同程度であった」。
以上のように、装置を付けた個体と付けていない個体(あるいは小型の装置を付けた個体)で、様々なパラメータを比較することで有意差を検定し、装置を動物に装置することの影響を考察するのが一般的です。
あるいは同じヨーロッパヒメウに加速度データロガーをつけて行動測定を行う手法を報告する論文(Sakamoto et al.
2009)では、次のような考察を行っています。「付ける装置の空中重量は18gで、鳥の体重は平均すると1800gなので、装置は体重の約1%に相当する。この鳥が1回の採餌旅行で獲得する餌量は平均すると106gで、18gの装置はその範囲内にある。従って、鳥の飛翔を含む行動には深刻な悪影響は与えておらず、ロガーによって測定される行動記録は鳥の通常の行動を反映していると見なしうる」。
一般的に、装置をつける事による影響が皆無であることを証明するのは極めて難しく、実際にはごくわずかながらでも何らかの影響はあると考えるのが妥当でしょう。許容レベルがどこにあるのかは一概には決められませんが、1つの重要な検討項目は、その装置を付けて得たデータから結論づけられる内容に対して、装置の装着が影響を及ぼしていないのかであろうと思われます。
同じくヨーロッパヒメウを対象として、加速度データロガーによって飛翔中の羽ばたき周波数を測定し、餌捕り潜水をはさんだ前後の飛翔中の周波数の違いより、体重がどれだけ増えたか、すなわちどれだけ餌量を獲得したかを見積もる手法を提案する論文(Sato
et al.
2008)では次のように記載しています。「データロガーの重さは鳥の体重の1%ではあるものの、装置を付けられたことにより採餌旅行中の消費エネルギー量がいくらか増加した可能性はある。しかし、鳥が採餌旅行で巣に持ち帰る餌量は平均106gで、データロガーの重さをはるかに上回っている。また観察する限り、装置をつけたことにより、その個体が巣に戻る行動が特に阻害された様子も見られないため、データロガーによって得られたデータは通常の飛行行動を十分代表するものであると見なした。さらにいうと、本研究の目的は、獲得餌量の大小によって飛翔中の羽ばたき周波数が変化するであろうという理論に基づいて、後者から前者を推測する手法を提案することにある」。つまり、仮に装置を取り付けたことによって鳥の消費エネルギーが多少増加していても、この論文の目的には深刻な影響はないだろうという理屈です。
似たような方向性の論文で、ハシブトウミガラスにデータロガーをつけることで、採餌海域の水温鉛直構造を測定出来ることを報告する論文(Watanuki et al.
2001)では、Discussionの冒頭1段落を割いて、装置がもたらす影響について論じています。ハシブトウミガラスではロガーをつけてもトリップ長には変化は見られないが、ロガー付きの鳥は付けなかった鳥に比べて巣に餌を持ち帰る頻度が下がるといった影響が出ていたとのことでした。この論文の結論は、鳥にロガーをつけることにより、潜水行動と合わせて現場の水温鉛直プロファイルも測定出来るというもので、持ち帰る餌量に影響があったとしてもその結論を左右するものではありませんが、野生動物を用いた実験を行う上で動物倫理面から見て許容範囲内にあるのか否かを議論しておくことは重要であるということなのでしょう。
結局、どれだけのサイズの装置をつける事が許容されるのかについては、ケースバイケースで是非が判断されるべきであるというのが私の思う結論です。ただ、体重の3%とか5%以下の重さであればあまり深刻な影響がないという論文が相次いだ結果でしょうか、最近では単に「本装置は体重の3%以下であった」等と記載するだけの論文が多いようです。一種の暗黙の了解のようなものになりつつあるのかもしれませんが、読者は装置のサイズが論文の結論に対して影響を及ぼしているか否か、動物倫理上許される範囲内であるのか否かを慎重に判断しながら論文を読んでいく必要があると思います。
文献)
Adams, J., Scott, D., McKechnie, S., Blackwell, G., Shaffer, S. and Moller, H.
2010. Effects of geolocation archival tags on reproduction and adult body mass
of sooty shearwaters (Puffinus griseus). New Zealand Journal of Zoology 36,
355-366.
Igual, J. M., Forero, M. G., Tavecchia, G., Gonzalez-Solis, J., Martinez-Abrain,
A., Hobson, K. A., Ruiz, X. and Oro, D. 2005. Short-term effects of data-loggers
on Cory’s shearwater (Calonectris diomedea). Marine Biology, 146, 619-624.
Phillips, R. A., Xavier, J. C. and Croxall, J. P. 2003. Effects of satellite
transmitters on albatrosses and petrels. Auk, 120, 1082-1090.
Sakamoto, K. Q., Sato, K., Ishizuka, M., Watanuki, Y., Takahashi, A., Daunt, F.
and Sarah Wanless. 2009. Can ethograms be automatically generated using body
acceleration data from free-ranging birds? PLoS ONE 4, e5379.
Sato, K., Daunt, F., Watanuki, Y., Takahashi, A. and Wanless, S. 2008. A new
method to quantify prey acquisition in diving seabirds using wing stroke
frequency. Journal of Experimental Biology 211, 58-65.
Watanuki, Y., Mehlum, F. and Takahashi, A. 2001. Water temperature sampling by
foraging Brünnich’s guillemots with bird-borne data loggers. Journal of Avian
Biology 32, 189-193.
Watanuki, Y., Takahashi, A., Daunt, F., Sato, K., Miyazaki, N. and Wanless, S.
2007. Underwater images from bird-borne cameras provide clue to poor breeding
success of shags in 2005. British Birds 100, 466-470.
Yamamoto, T., Takahashi, A., Yoda, K., Katsumata, N., Watanabe, S., Sato, K.,
and Trathan, P. N. 2008. The lunar cycle affects at-sea behaviour in a pelagic
seabird, the streaked shearwater, Calonectris leucomelas. Animal Behaviour 76,
1647-1652.
Yamamoto, T., Takahashi, A., Katsumata, N., Sato, K., and Trathan, P. N. 2010.
At-sea distribution and behavior of streaked shearwaters (Calonectris
leucomelas) during the nonbreeding period. Auk 127, 871-881.