十文字青:僕は書き終えてしまうと関心が薄れてしまいます。基本的には常に何か書いているので、そのとき書いている小説に心を砕いていますし、過去の小説を読み返すことはそれほどありません。シリーズ物で確認のために見返さないといけない場合はその限りではないのですが。
ただ、各小説に思い入れはもちろんあります。たくさん手をかけた小説にはそのぶん愛着がわくものです。
何度も書き直した原稿という意味では、受賞作の『純潔ブルースプリング』は色々な事情が重なってなかなか刊行されず、何年にもわたって大規模な改稿を繰り返したので、細部まで記憶しています。何度も新人賞に落選したあげく、とにかく自分にとって面白いものを好きなように書こうと開き直って書き、受賞に至った小説なので、僕の特性が良くも悪くもそのまま表れています。
初のシリーズ物『薔薇のマリア』は、右も左もわからない中、とにかく完結にこぎつけようと四苦八苦して書きましたし、長い間、身も心も捧げていました。とりわけ、「書く」技術は薔薇のマリアを通して身につけ、そこからほとんど変わっていないと思います。逆に、「書かない」技術は、薔薇のマリアより別の小説で試行錯誤し、今も修行中ですが。5巻はめずらしく何回も読み返して、我ながらよく書けているといまだに感心します。担当編集者にも褒められた覚えがあります。
第九シリーズと呼ばれたりもした『ぷりるん。』『ヴァンパイアノイズム』『絶望同盟』『萌神』は、どれも好き勝手に書いた小説です。最初は本にするあてすらありませんでした。これらの小説を書いた経験を通じて、書きたい、書かなければ、という衝動に突き動かされて書くという、自分のスタイルが確立したように思います。
それから『灰と幻想のグリムガル』は、自分の読者だった人が編集者になって、一緒に作った小説です。彼と話しあい、商業作家としての自分の欠点をカバーする方策を立て、懸命に取り組みました。しかしまあ、オーバーラップ文庫は新規立ち上げレーベルでしたし、そんなにうまくはいかないだろうと考えていたのですが、幸運にも(詳しくは述べませんが、本当に幸運だったのです)アニメ化されてそれなりに本が売れました。『灰と幻想のグリムガル』のアニメ化がなければ、僕は今頃ずいぶん違ったものを書いていたでしょう。
最近は『恋は暗黒。』でふたたびBUNBUNさんとタッグを組むことができて嬉しいですし、並行して書いている『いのちの食べ方』とそれぞれ違った書き方を試しているので、退屈せずにすんでいます。
他の小説についても一つ一つ固有の経緯があり、様々な思いがあります。でも、語り尽くせるようなものではなく、きりがありません。このあたりにしておきますね。