鈴木 一生:「今も大事に生きたい」というのは、現在、手元にある資金を貯蓄せずに消費したいという意味だと理解しました。どちらが良いか決めかねるのは、資金を消費した場合に老後に与える影響が曖昧にしか把握できておらず、具体的に想像できないからではないでしょうか。
人生を単純化すると「働いて収入を得て、その一部を貯蓄に回す資産形成期」「資産を取り崩して生活する資産取崩期」の2期に分けられます。リタイアするのが早すぎると死亡する前に資産がマイナスになってしまいます。しかし働く期間が増えるほど、資産が増えると同時に死亡までの期間も短くなるので、どこかの時点で死亡時における資産残高がプラスになります。これがリタイアできるタイミングです。
「長生きできるかわからない」のは確かですが、適当な想定をおいて考えます。たとえば男性であれば65才時点での平均余命は20年なので
(*1)、想定よりも長生きするリスクを踏まえて95歳時点での資産残高がゼロになるように考えてみます。
資産形成期に毎年積み立てる金額と想定運用利率を決めると、1年後、2年後、……の資産残高が計算できます。一方で1年後、2年後、……にアーリーリタイアした場合、毎月かかる費用を適当に想定して年金支給額が分かれば、95歳時点での資産残高が計算できます。
* 資産形成期: n+1年目の資産残高 = n年目の資産残高 * (1 + 想定運用利率) + 年間貯蓄額
* 資産取崩期: n+1年目の資産残高 = (n年目の資産残高 - 年間支出額) * (1 + 想定運用利率)
表計算アプリを使うと、比較的簡単に計算できるはずです。これで95歳時点の資産残高が0(もしくは葬儀代として少々)となる時期を探してください。高校程度の数学を使って、解析的に求めることも可能です
(*1)。
次に、今年の貯蓄額を減らして再度同じ計算をしてみましょう。現時点での貯蓄額を減らしても95歳時点まで資産が尽きないようにする方法は、次のいずれかです。
1. 働く期間を伸ばしリタイア時期を遅らせる。
2. リタイア後の支出を減らす。
これで具体的に「今日X円支出すると、リタイアまでの期間がY日伸びる。もしくはリタイア後の毎月の支出がZ円減る」と計算できます。たとえば「今日10万円使って旅行に行くがリタイア後の支出は変えないとすると、リタイアする年齢が55歳2ヶ月から55歳3ヶ月に伸びる」というようにトレードオフが分かります。
こうなれば、あとは「今、旅行に行くか」「55歳3ヶ月まで働くか」の二択です。自身の価値観に従って判断してください。
なお表計算ソフトで色々試していると、現在の節約が将来使える金額に大きく影響することがわかると思います。ただし高齢になるとお金の使い道が制限されることは念頭に置いておく必要があります。歳を重ねると海外旅行は体力的に厳しくなってきますし、また健康が損なわれて日常生活に制限が出るようになると、たとえ近所であっても活動が難しくなります。
健康寿命は男性で73歳程度 (*3) とされているので、それを目安に、リタイア後の具体的なお金の使い道と時期を検討すると良いと思います。
注意事項
* リタイア後の支出額を計算する際には、支給される年金額を忘れずに含めてください。働く期間が伸びると年金額も増えます。95歳まで生きる想定だと、年金受給開始を65歳より遅らせて毎月の受給額を増やした方が良いと思います。最適値を探してみてください。
* 株式、投資信託等で資産を運用する場合、配当、譲渡益に対して課税されます(iDeCo や NISA
といった制度を利用することで節税可能です)。譲渡益は厳密に計算すると面倒ですが、概算で構わないので計算に含めてください。なおインフレ環境下だと額面上の譲渡益が増えるため税金も増えますが、購買力は額面ほどは増えないことに注意してください。
* 株式、投資信託等で資産を運用する場合、市場の状態によっては資産が毀損する可能性があります。ある程度まで資産が毀損しても生活を維持できるよう、余裕を持った計画を立てて下さい。
* 長期投資だと運用利率の影響が大きくなります。資産形成期に自身の資産を運用することでリスクとリターンの関係を実感でき、徐々に自分にとって現実的な数字が見えてくると思います。資産形成期は想定利率を多少高めに見積もっても構いませんが(運用成果が想定より悪かった場合、リタイアを遅らせることでリカバリー可能なので)、資産取崩期は保守的に見積もるのが無難です。
税金、社会保険も可処分所得に大きく影響します。最初は概算で構いませんが、実際にリタイアを決める際には所得税・住民税(特に譲渡所得、配当所得、年金所得の扱い)、国民健康保険、高額療養費制度、介護保険制度等について把握しておく必要があります。
(*1) 平均寿命と平均余命 - 個人年金保険の選び方 -
https://hoken.kakaku.com/gpa/select/yomei/
(*2) The Calculus of Retirement Income: Financial Models for Pension Annuities
and Life Insurance, Mosche A. Milevsky (Cambridge University Press), Chapter 2
Modeling the human life cycle
https://www.amazon.com/Calculus-Retirement-Income-Financial-Annuities/dp/0521842581
(*3) 健康寿命とはどのようなもの?
https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1160.html