小川仁志:たしかにメタバース空間ですべて実現できれば、その世界での苦難はなくなりますね。でも現実の世界でリアルな人生も送るとしたら、その現実世界での苦難を乗り越える必要性は残りますね。100%メタバース空間でアバターとして生きるというなら話は別ですが。それでも一度現実を捨てた事実を忘れない限り、その苦悩は残るのではないでしょうか。仮にそれも忘れられるとしたら、もうそれは誰かにマインドコントロールされた人生ということになりますね。オルダス・ハクスリーの小説『すばらしい新世界』では、まさにそのような統制された社会を描いています。薬を飲んで幸せを得る世界です。もちろんその世界に哲学は存在しません。ただ、人間が考える生き物である以上、すばらしい新世界は常に崩壊の危険性を孕んでいます。誰かがふと疑問に思い始める可能性があるからです。だから個人的には、メタバースですべての苦難を取り除く世界はやってこないと思います。せいぜい苦難の軽減をできる世界、あるいは一時的現実逃避のできる世界が訪れる程度でしょう。