橋本 省二:その昔、「物理帝国主義」という言葉がありました。化学も生物も元をただせば(原子にまで分解して考えれば)物理なんだから、物理が一番エライ。だから金も人も物理によこせ、というわけです。アメリカでは原子爆弾という桁違いの兵器ができて戦争に勝ったこともあって、物理学者、特に核物理学者は予算も取り放題。肩で風を切っていた時代がありました。
その後どうなったか、ですって?
確かに物理学は猛烈な勢いで進歩しました。ただ、初めからわかっていたはずのことですが、化学や生物の問題をすべて物理にまで還元して解決できるはずはありません。それどころか、中心にあるはずの素粒子物理の進歩も急減速して、飛ぶ鳥を落とす勢いは現在どこにも見当たりません。むしろ分野間連携が叫ばれる世の中で、連携してくれる相手を探しているくらい、というのは言い過ぎでしょうか。
現場の研究者がやるべきことははっきりしています。自分がおもしろいと思えることをやる。それだけです。予算を配る人が考える「選択と集中」は常に周回遅れですから、そんなものに惑わされると2周遅れになってしまいます。そういうのに惑わされない研究者がどれだけいるか。それこそが科学界の実力をあらわすものでしょう。
何の話でしたっけ?
そうそう、物理学の謎がすべて解明されることがあるかどうかですね。物理学は物理に閉じていないので、これはもう底なし沼です。物理学の範囲内、その中のごく小さな専門分野ですら、解決された問題よりも進歩に伴って新たに出てきた問題のほうが多いのが普通です。やることがなくなる心配より、解決すべき問題が増えて手に負えなくのを心配されたほうがよいように思います。