イナダシュンスケ:名古屋のとある老舗大衆酒場では、海老カツが名物メニューのひとつです。その店の海老カツは一般的なものとは少し異なり、小さめの海老を4本、イカダ状に並べてカツにしたものです。串を打って揚げた後に抜いているのでしょうか。海老はサイズが大きくなるほどグラム単価がガンガン上がる食材ですから、同じ目方なら小さいものをまとめて揚げたほうが原価はずっと安い。
安い食材に一手間二手間かけてそれを安くで提供する、というのは、大衆店らしい美しい物語です。しかし現代において実はそれはとても難しくなってもいます。なんならファンタジーです。手間をかけるということは、そこに人件費が上乗せされるということです。そうすると結局、手間のかからない高い素材を使うのとそう変わらない。
その店もそうだったはずですが、かつての飲食店は専門の職人の長時間労働に支えられていました。今はそういうわけにはいきません。これは業界としてはもちろん進歩ですが。
その店の海老カツは、あくまで「人が安い時代」に生まれたものです。その店にとって伝統のメニューである海老カツが人気商品であり続けているのは、おそらく痛し痒しといったところなのではないでしょうか。価格は540円ですが、そんな値段であんな手間をかけるなんて、僕だったら断固拒否します。本当はそういうものこそガンガン値上げしていくべきなのですが、昔から通い続けてくれているお客さんの手前、それもなかなかできないことでしょう。
では今、新規で適正な価格を付けて海老カツを販売できるか。その場合、現代の海老カツのパブリックイメージに合わせて、イカダタイプではなく、すり身で小エビをまとめたタイプになると思いますが、ちまちまと海老の殻を剥いたりする手間を考えると手間は変わりません。
ちなみにここで「むき海老」を使うと、途端に安っぽいものになります。マックと同等くらいにおいしいものはできるでしょうが、少なくとも高級店にはふさわしくありません。
そういう仕込みまでやってられるのは、大衆店ではまず無理です。そこそこ高い店に限られます。でもそういう店だったら、同じような仕込みをするならむしろ「海老真丈揚げ」にしますね。コロモ付けが無い分手間が減るのに、そっちの方が高い値段を付けやすいからです。ハトシならさらに利益率が良さそうですし、春巻きも少なくとも海老カツよりはマシです。
とんかつ屋さんだったとしても、やっぱり素直に大きな海老を使ってそれを高く売る方が、商売としてはずっとやりやすいですね。
そうなると可能性としては、大衆店で業務用の海老カツを使う、という方向性が考えられます。そういう店ではコロッケやミンチカツも業務用冷凍品であることはむしろ普通で、お客さんもそれを受け入れています。
というわけで業務用サイトで海老カツを調べてみました。高いですね。150〜300円くらいします。しかも150円のやつの断面は、悲しいほどにおいしくなさそうです。ほぼハンペンです。さすがに大衆店でも扱えない。コンビニ的なサンドウィッチならまだなんとか、という感じでしょうか。
対して、メンチカツは50〜100円と言ったところです。見るからにおいしそう、かつサイズも普通の倍くらいのものを見つけましたが、それでも200円でした。
居酒屋で、「海老カツがメンチカツの3倍の価格」が通用するかと言えば、たぶん無理です。無理して安くするメリットも特にありません。
メリットが特に無い大きな理由は、海老カツに既に、ファストフード的なイメージが染み付いてしまっているからです。ミンチカツを380円で売ってる居酒屋で、マックのエビフィレオに挟まっているような海老カツが出てきたとして、ギリギリまで利益を削ってそれが580円だったとしても「高えな」としかならないような気がします。
厳しいですね、海老カツ……。