小川仁志:たしかに落書きは日本でも器物損壊罪に問われる可能性がありますね。その意味では、バンククシーが建物や公共物に絵を描くのは違法行為になりかねません。しかし、器物損壊罪は親告罪ですから、被害者が被害だと思わなければ問題ないわけです。そしてバンクシーの行為にいたっては、多くの人たちが被害だと思っていないのでしょう。むしろ黙認というより、歓迎さえしている風潮があります。それは作品の持つ素晴らしさもさることながら、社会を風刺する側面が評価されているのだと思います。なぜなら、社会風刺とは、正義だからです。違法行為になりかねないのに、正義だというのは矛盾を感じるかもしれません。でも、ルパン三世や鼠小僧のように、世のため人のために窃盗を行う存在はある種の正義だとみなされています。いわゆる義賊です。彼らは、形式的には悪を犯しているわけですが、実質的には正義を実践しているのです。正義の本質は、古代ギリシアのアリストテレス以来、バランスにあるとされています。だから一概にどちらが正義かというのは決めがたいのです。バンクシーの行っている風刺は、明らかに権力をはじめ社会の大きな力に対する抵抗といえます。だから正義を感じるのです。しかもそれがアートという平和な手段によって見事成し遂げられている。これなら誰も非難しようとはしないでしょう。むしろ応援さえしたくなるはずです。正体を見た人が通報はおろか、暴露さえしないのには、そうした理由があるからだと思います。ある意味で、人々はバンクシーの行為にカタルシスを感じているのでしょう。自分にはできない世直しをしてくれていると。バンクシーはグループだという説もあるので、私も仲間に入れてもらいたいくらいです。そこまで絵がうまくないのがネックですが……。